2018年4月6日
東京大学大学院理学系研究科天文学教育研究センターの峰崎准教授らとチリ・カトリカ大学電気工学科天文機器開発センターの Vanzi 准教授らの研究グループはチリ・La Silla 観測所にある口径1m望遠鏡に可視光を観測波長とした補償光学装置を搭載し、光学理論的な限界に迫る角度分解能の星像を得ることに成功しました。
夜空の星を観察すると「またたいて」いる様子が見て取れます。これは天体から目に届く光が大気の揺らぎによって影響を受けてしまうためです。実はこの現象により、星は「またたく」だけでなく「ぼけ」てしまっています。このため地上にある望遠鏡はその角度分解能に大きな制約を受け、遠い天体の詳細な研究を困難にしてきました。これを克服する技術が補償光学で、天体像の「ぼけ」を高速に測定し、即時に修正することでシャープな天体像を得ることができます。
これまでに実用化されている補償光学装置は、大型望遠鏡に搭載されている大規模な装置で費用も極めて高価なものが主流でした。またこれらの装置の多くは主に近赤外線での観測を対象にしています。しかし光学理論的には、実は近赤外線より波長の短い可視光を観測波長とすることで、小型望遠鏡に搭載された補償光学装置によっても同等の角度分解能が達成可能です。このような装置が一般的になれば、高い角度分解能と小型望遠鏡の豊富な観測時間を生かした新しい研究の展開が期待されます。そこで東京大学の峰崎准教授の研究グループは小型望遠鏡向けに可視補償光学の試験装置を開発してきました。海外での同様の補償光学装置に対して、最近の技術発展によって入手可能になった比較的低コストのコンポーネントを採用し、小型軽量で容易に運搬できることが本補償光学装置の特徴となっています。
これまで日本国内で試験を行ってきた本補償光学装置ですが、日本国内では一般に大気の揺らぎが大きいことが多く、これを高い精度で修正することは困難です。そこでより優れた大気条件を備える観測地を求めて一昨々年よりチリ・北カトリカ大学の Ohnaka 准教授とチリ国内にある小型望遠鏡での試験観測に向けて協議が始められました。そして昨年よりカトリカ大学の Vanzi 准教授の研究協力のもと、ヨーロッパ南天天文台(ESO)所属La Silla 観測所内の口径 1mの小型望遠鏡に本補償光学装置を搭載するための具体的な準備が進められ、今回 2018年3月の観測に結びつきました。なおこの望遠鏡は、北カトリカ大学がESOから独占的使用権を取得し、同大学とカトリカ大学との研究協力のもとVanzi准教授らのグループが望遠鏡システムと観測装置の開発を行っています。
日本より持ち込んだ本補償光学装置は順調に望遠鏡に取り付けられ、調整作業ののち試験観測が行われました。この結果、補償光学により星像のシャープさは大きく向上し(図1)、観測波長0.65µmでの理論的な回折限界に迫る 0.18 角度秒(星像の半値全幅)という角度分解能を達成しました(図2)。これは小型望遠鏡における補償光学技術の新しい可能性を示すものです。本研究の成果はさらに、現在急ピッチで進行中の東京大学アタカマ天文台(TAO)6.5m 望遠鏡のための次世代観測装置にも活かされると期待されます。カトリカ大学と東京大学は次世代観測装置の一つを共同で開発中です。
今回の研究成果についてはカトリカ大学電気工学科のウェブニュース(スペイン語)もご覧ください。
東京大学アタカマ天文台 (TAO) 計画についてはこちらをご参照ください。
峰崎 岳夫 (東京大学大学院理学系研究科天文学教育研究センター准教授)
河野 志洋 (東京大学大学院理学系研究科天文学専攻修士課程2年)
Leonardo Vanzi (Pontificia Universidad Católica de Chile, Departamento de IngenieriaElectrica, Centro de Astro-Ingeniería, Associate Professor)
Abner Zapata (Pontificia Universidad Católica de Chile)
Mauricio Flores (Pontificia Universidad Católica de Chile)
Sebastián Ramírez (Pontificia Universidad Católica de Chile)
Keiichi Ohnaka (Universidad Católica del Norte, Instituto de Astronomia, Associate Professor)
本研究は日本学術振興会科学研究費助成事業(課題番号25287033)、大学の世界展開力強化事業中南米(SEELA)、戦略的パートナーシップ大学プロジェクト(SGU)、東京大学大学院理学系研究科大学院学生国際派遣プログラムの支援を受けています。また国立天文台先端技術センターの設備を利用しました。