東京大学アタカマ天文台 (TAO) 計画 |
近赤外線広視野多天体分光カメラSWIMS用面分光ユニットSWIMS-IFUのすばる望遠鏡での試験観測に成功星や銀河などの天体の詳細な物理状態を探るためには、分光観測が必要になります。分光観測では天体からの光を波長ごとに分解しそれぞれの波長での光の強さを測ることで、天体から届く光の中に含まれた様々な特徴をとらえ、天体の温度や密度、元素組成などを探ることができます。 従来の分光観測では観測する天体の位置に光ファイバーやスリットをあてて、それらを通過する光のみを観測します。そのため、天球上で空間的に広がった天体を観測する場合、天体の一部分しか観測できず、天体全体を観測するには複数回の観測が必要となります。これでは効率が悪いうえに、地球大気や観測装置の状態の時間変化にも影響を受けやすくなります。 そこで近年活発に用いられている観測手法が面分光です。面分光は望遠鏡によって得られる天体像を分解し一列に並べなおすことで、2次元の視野全体を一度に分光する観測手法になります(図1)。この手法により天体全体の分光観測が一度にできるようになり観測効率が向上し、時間変化の影響を受けない高品質な観測データを得ることができるようになります。
このような面分光観測は可視赤外線の波長帯で近年活発に行われ、様々な成果を残しています。特に可視光では多数の天体を同時に面分光する装置や非常に視野の広い装置など様々な特徴を持った観測装置が開発されています。一方で赤外線の面分光装置は多くが補償光学を用いた空間分解能の高い観測に最適化されているため視野が狭く、広い視野を一度に観測することのできる面分光装置が不足しています。 そこで我々はTAO 6.5 m望遠鏡用の近赤外線広視野多天体分光カメラSWIMSに広視野面分光機能を追加する面分光ユニットSWIMS-IFUの開発を進めています。SWIMS-IFUは望遠鏡焦点面に挿入するだけで、SWIMSを面分光モードに切り替えることができる光学ユニットです。SWIMS-IFUが望遠鏡による天体像を分解して一列に並べなおし、SWIMSの光学系に一列に並べなおされた天体像を入射することで面分光を実現します。これまで我々はSWIMSが共同利用観測を行ってきた国立天文台すばる望遠鏡の光学系に最適化したSWIMS-IFUの開発を行ってきました。このSWIMS-IFUでは13.5” x 10.4”という既存の近赤外線面分光装置の2倍以上となる視野面積を一度に分光することができます。また、SWIMSの0.9-2.5μmを一度に分光できる広波長帯域と合わせて、より一層効率よく空間的に広がった天体を観測することが可能になります。 SWIMS-IFUの光学系ではイメージスライサーという光学素子を使用しています。イメージスライサーは複数の短冊状ミラーが互いに異なる方向を向いて積み重なった光学素子で、天体像がイメージスライサー上に結像すると短冊状に分割され互いに異なる方向へと反射されます。その後の光学系でそれらを一列に並べなおすことで、SWIMSによる面分光が実現します。SWIMS-IFUの光学系は80個の数mmサイズのミラーと一つの組み合わせレンズから構成され、それらが235 mm x 170 mm x 55 mmの範囲内に収まった非常に複雑なものになっています。この複雑な光学系を実現するため、我々は理化学研究所 光量子工学研究センター 先端光学素子開発チームと共同で超精密切削加工という技術を活用して開発を進めてきました。超精密切削加工はナノメートルオーダーの制御精度を持った超精密加工機と高精度ダイヤモンド工具によって切削のみでミラーを仕上げることができる加工手法です。この加工機で一つの金属母材に複数のミラーを一体加工することで、ミラー間の相対位置を高い精度で達成することもできます。この手法によって、すべてのミラーが完成し、2021年12月にすばる望遠鏡用のSWIMS-IFUが完成しました(図2)。
完成したSWIMS-IFUは2022年2-3月に国立天文台ハワイ観測所へと輸送されました。そして、2022年3月にすばる望遠鏡でのSWIMSへのインストール作業を行い、3月27日にSWIMS-IFUの試験観測が実施され、無事に成功を収めました(図3)。 試験観測では明るさや分光スペクトルの形がよく知られた標準星とSWIMS-IFU視野内に複数の星が入る星団を観測しました。それらのデータによりSWIMS-IFUの性能を評価したところ、結像性能や効率などがほぼ設計通り達成されていることが確認され、我々の超精密切削加工を活用した開発手法で複雑な面分光ユニットが設計通り製作できたことが実証されました。2022年12月にはすばる望遠鏡での科学観測も予定されていましたが、マウナロア山の噴火により残念ながら観測を実施することはできませんでした。
SWIMS-IFUは現在、TAO 6.5 m望遠鏡での運用に向けて準備を行っています。これまで開発してきたSWIMS-IFUはすばる望遠鏡に最適化されたものであり、TAO望遠鏡での運用には新しいSWIMS-IFUを開発する必要があります。すばる望遠鏡用のSWIMS-IFU開発で培った技術をもとに、より良い結像性能や効率を達成することを目指して光学設計や製造の検討を進めています。TAO 6.5 m望遠鏡でのSWIMS-IFUの活躍にご期待ください。
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