AGB Stars of the Intermediate-Age LMC Cluster NGC 1846 II Dredge Up along AGB


Lebzelter, Lederer, Cristallo, Hinkle, Straniero, Aringer
2008 AA 486, 511 - 521




 アブストラクト 

 第3ドレッジアップのモデルに制約を加えることを目的として、 AGB に沿っ た進化の間の 12CO 表面組成を調べた。LMC 星団 NGC 1846 の AGB 星サンプルに対し、高分散近赤外分光観測を行った。 C/O 比と12C /13C 比を測定し、進化モデルと比較した。  星団 AGB に沿った C/O 比と12C/13C 比の進化が初 めて示された。これにより進化モデルの信頼度を調べることが可能となり、特に 第3ドレッジアップの効率を決められる。酸素過多星での C/O 比と12C/13C 比の増加はモデルでよく再現可能で ある。しかし、ふたつの炭素星での低い12C/13C 比は ある程度の追加混合が遅く起きることを示唆する。追加混合は非常に明るい AGB 星に影響し、13C を増加させる一方で、C/O 比を一定に保つ。 C/O はそれまでの混合の累積で決まっているからである。AGB に沿って F 組成が 増加する徴候も発見した。


 1.イントロダクション 

 第3ドレッジアップ(TDU) と表面組成モデル 

 Straniero et al 1997, Herwig 2000, Busso et al 2001, Stancliffe et al 2004, Straniero et al 2006, Karakas, Lattanzio 2007 が AGB における表面組成変化の 詳しいモデルを与えている。それらは定性的な傾向としては一致している。 TDU が M, Z にどう依存するかは Iben, Renzini 1983, Straniero et al 2003 が調べた。 モデルの定量的な評価は太陽近傍の AGB 星に対してのみ、 Lebzelter, Hron 2003, Busso et al 2001 が行った。van Eck et al 2001, Marigo et al 1999 は合成星進化 モデルによる間接的なチェックを行った。しかし、現在進行中の TDU を研究するには AGB 星の観測が必要である。

 フィールド AGB 星の観測 

 Lambert et al 1986, Harris et al 1987, Smith, Lambert 1990 は明るい フィールド AGB 星の C/O 観測を行った。C/O = 0.25 - 1.6 が得られた。 しかし、L と M が不確定なために観測結果をモデルと比較する際に大きな 不定性が生じる。
 星団の AGB 星 

 星団星は距離、年齢、光度、Z が良い精度で与えられるので研究対象として 最適である。しかし、銀河系球状星団は高齢で外層質量が小さ過ぎて、 ドレッジアップの効果は小さいであろう。

 LMC 中間年齢星団 

 LMC 中間年齢星団が良い。この論文では NGC 1846 を扱う。  NGC 1846 は [Fe/H] = -0.49 (Grocholski et al 2006), AGB 質量 = 1.8 Mo (Lebzelter, Wood 2007), t = 1.4 Gyr である。  多数の AGB 星 (Lloyd-Evans 1980) が確認されている。Frogel et al 1990 は近赤外測光から AGB 星の輻射等級を与えた。Tanabe et al 1998, Lebzelter, Wood 2007 によれば、大きな中間赤外超過を示す星はない。 Grocholski et al 2006 は 17 星団星の視線速度の平均として 235 km/s を得た。


 2.観測 

 観測 

 観測はジェニミサウスを用い、Lloyd Evans 1980 のリストから選んだ 12 AGB 星に対し、 Phoenix 分光器を使って K バンド λ 23620 - 23700 A で行われた。10 個の星に対しては H バンド λ 15540 - 15587 A でも観測した。分解能は 50,000 である。 観測時間は 45 - 90 分、 S/N = 65 であった。
 データ整約 

 波長較正には同時に観測した早期型星の大気吸収線を用いた。この観測は また、対象星スペクトルの大気吸収線補正にも用いられた。H バンド観測波長 域は大気吸収線が殆どない。そこで、O過剰星の H バンド波長較正には星の OH 吸収線を用いた。炭素星スペクトルの波長はその結果をさらに用いて行った。


 3.データ解析 

 3.1.観測波長域に見えるもの 

 H バンドスペクトル 

  AGB 星の一つ LE8 の H バンドスペクトル(図1上)と K バンドスペクトル (図1下)には、いくつかの特徴が見える。H バンド波長域は CO 3-1 バンド ヘッドと OH ラインを含むように選んだ。金属線も幾つか見える。CN 線も 幾つか見える。炭素星では H バンドは CN と C2 が支配的となり、CO 3-0 バンドヘッドの長波長側は CN, C2 ラインにより強く影響される。

 K バンドスペクトル 

 K バンドスペクトルには CO と CN ラインが見える。

 3.2.合成スペクトル 

 COMARCS コード  

 COMARCS は MARCS の改訂版 (Gustafsson et al 1975, Jorgensen et al 1992) である。球対称大気を LTE, 静水平衡で扱っている。振幅が小さい変光星では LTE 仮定は妥当である。しかし、元素組成の決定では静水平衡からのズレは non-LTE 効果よりも大きな不定性をもたらす可能性がある。 COMARCS では COMA (Aringer et al 2000) の新しいオパシティを用いている。球対称輻射 輸達は Windstig et al 1997 のコードが使用されている。原子線データは VALD(Kupka et al 2000) を、分子データは幾つかのソース (Cristallo et al 2007, Lederer, Aringer 2007) を使用した。 こうして求めたモデル大気と 合成スペクトルは低温度巨星スペクトル (Loidl et al 2001, Arnger et al 2002) の特徴を適切に現している。

 モデルパラメタ― 

 モデルは次の6パラメターで定義される:1.質量、2.メタル量、 3.有効温度、4.表面重力、5.C/O 比、6.マイクロ乱流速度。 この論文では M = 1.4 Mo, [M/H] = -0.4 に固定した。 Teff = 2600 - 3850 K, 50 度刻み=26 温度。log g = [-0.50, 0.50] 0.25 刻み=5重力。マイクロ乱流 ξ = 2.5 km/s. 太陽組成は Grevesse, Noels 1993 から採った。それによると (C/O)o = 0.48 である。C/O 変化の際に他の 元素の組成は変えていない。C/O 変化は 0.1 刻みとした。

図1.LE 28 観測スペクトル領域。点線=合成スペクトル。 Teff 3550 K, log g 0.25, C/O 0.3, 12C/13C 22.  

 合成スペクトルの計算 

 合成スペクトルは H バンド 15504 - 15625 A, K バンド 23420 - 23725 A で 計算した。計算は分解能 300,000 で行い、ガウシアンで 50,000 に落とした。その後 マイクロ乱流に対応するもう一度のガウシアン畳み込みを行った。 13C/12C 比 を変化させたスペクトルを計算したが、13C が構造に影響することはないので、 構造が決まってからスペクトル計算の際にのみ 13C/12C を入れた。


 3.3.組成決定 

 第1段階=スタートスペクトルグリッドの計算 

 第1段階のスタートは、Lebzelter, Wood 2007 でやったように、近赤外測光 から Teff と L を決める。そこに M = 1.5 Mo を仮定して、R と g を決める。 このスタートパラメタ―値の周りで Teff, log g, C/O を変えて、 H バンド合成スペクトルのグリッドを計算する。

 H バンドのフィット 

その中から最良スペクトルを χ2 フィットで決める。 log g の影響が最も小さい=最も決まりにくい。従って、M, R 値が少し くらい狂っても、組成にはあまり影響しない。Oリッチな星では Teff は OH/Fe ブレンド (15,570 A) に大きく影響する。一般的には温度が上がると、 全ての吸収線が強くなる。C/O が増加すると、CO バンドヘッドを強くし、 同時に OH ラインを弱くする。さらに、そのような効果により CN ラインが より目立つようになる。選択された波長域ではモデルはよく定義された擬連続 光によくフィットする。これら全ては O-リッチ星スペクトルをよくフィット するのに役立つ。その結果は図1に見る通りである。フィットをより良くする ために、LE 28 ではマクロ乱流を 3 km/s に上げた。LE 16 と LE 13 では ライン巾が大きくマクロ乱流を 4 と 7 km/s にする必要があった。LE 13 の 場合前に述べた通りマイクロ乱流も 3.5 km/s に上げた。強調しておくが、 波長域が限られていてメタル線の数が少ないので、我々はスペクトルからメタ ル量を決めるつもりはない。計算に採用された [Fe/H] = -0.4 は文献値に近く、 合成スペクトル中のメタル線は観測とほぼ合っていた。炭素星ではフィットが そう簡単ではない。
 第2段階=13C/12C の決定 

 H バンドフィットで得られた結果を K バンドスペクトルフィットのスタート にする。K バンドスペクトルは、特に O-リッチな星では、Teff, log g, C/O に 対して反応が鈍い。このためそれらのパラメタ―を K-バンドスペクトルだけ から決めることはできない。選択したマクロ乱流値は確認できる。 K バンドの 主な役割は 12C/13C 比を決定することである。この値は C/O と共に第3ドレ ッジアップの良い指標である。O リッチ星スペクトルは 13CO の殆どブレンドが ない二本のライン 13CO 2-0 R18 と 13CO 2-0 R19 を与える。更に 13CO からの寄与を含む ブレンドラインが二本ある。炭素星の場合はもっと面倒である。

 H と K バンドの役割 

 つまり、H バンドは C/O, Teff, log g を決める役割を、 K バンドはそれらの 値を用いて 12C/13C を決める役割を受け持っている。

 ブレンドライン 

 13CO 2-0 R21 は HF ラインとブレンドしているがこのラインのフィットは 良くない。この改善には Teff か F 組成の変更が必要となる。 Teff は H バンドで制限され、大きな変更はできない。F 組成の変更でフィットは可能 であった。ただ、それも O-リッチの星のみで、 炭素星ではさらに CN ラインの ブレンドが加わり問題は複雑となる。

 低励起 CO ライン 

 低励起 CO 線は上手く合わせられない。特に明るい O-リッチ星でそうである。 説明としては、大気最外層の構造が、特に脈動星で、関係するのかも知れない。


 3.4.炭素星 

 第1の問題=ラインリスト CN 

 CN, C2 ラインリストが不正確なために、合成スペクトルに多くの誤った波長の ラインや誤った強度のラインが生じる。Davis et al 2005 の CN リストは, 波長を観測値で置き換えることで幾分かの改善が可能である。これは強いライン では可能だが、弱いラインでは無理である。それが済んだ後でも、合成スペク トル中には強度が誤っている強い CN ラインが合成スペクトルに現れる。その 一つ、6417.405 cm-1 は手作業で CN リストから除去された。

 C2 ラインリスト 

 C2 ラインリストのための標準観測はない。従って、C2 リストの訂正は合成 スペクトルを NGC 1846 炭素星の観測スペクトルと眼視参照するしかない。 この波長域では 13C12C と 1314N ラインのブレンドが問題になる。元々 13C の組成自体が我々の問題 であるから、これらのラインの精度をチェックすることは難しい。

 第2の問題=連続光 

 Teff を下げる、または C/O を上げた時の主な効果は、多数の弱くて密な ラインから生じる擬連続光の全スペクトル域に亘る低下である。こうして観測 されるラインの深さは Teff と C/O 比の様々な組み合わせでフィットできる。 最初は 15,517 A 付近に擬連続光が存在するかに見える。しかし、良く調べると、 そこにも合成スペクトルには現れない吸収線が観測スペクトルには存在する。
したがって、ここを擬連続光として使用することはできない。可能な処方の一つ は Teff と C/O の片方にのみ依存するライン強度比の組み合わせを探すことで あるが、上に述べたラインリストの不正確さによりそれが不可能である。 残された唯一の方法は CO 3-0 バンドヘッドである。C/O が増加すると、CO バンドヘッドの周辺のラインにたいする強度比は弱まる。

 13CO ライン 

 炭素星の K バンドには強い C2 ラインが無いので、フィットは容易になる。 しかしOリッチ星の場合と同様に、様々なスペクトル強度はモデルパラメタ― の変化に対して反応が鈍い。さらに、先に述べたブレンド無しの 13CO ライン の一本は炭素星では CN と強くブレンドする。ただ、合成スペクトルでは CN 強度が観測と異なる。従って、炭素星では使用できる 13CO ラインは一本である。

 3.5.進化モデル 

 議論に使用した理論モデルは Chieffi et al 1998 の FRANEC 進化コードに よる。入力物理の詳細は Straniero et al 2006 と Cristallo et al 2007 に ある。計算はスケールド太陽組成と α 強調、O, Ne, Mg, Si, S, Ca, Ti だけ相対比強化、とで行った。


 4.結果 




表1.NGC 1846 AGB 星の視線速度。LE 17 の速度は議論参照。

 4.1.星団メンバーシップ 

 K スペクトルの CO ラインから決めた視線速度を表1に示す。 平均速度は 248±5.5 km/s である。これは文献値と良く一致する。 LE 17 の速度のみ平均値からのずれが大きい。

 4.2.酸素過多星 

 表1=星のパラメタ― 

 星団中の O-リッチ 6 星の C/O と 12C/13C を表2に示す。スペクトルフィ ットから求めた Teff は近赤外測光 ( Lebzelter, Wood 2007 ) から求めた値と良い一致を示す。

 ドレッジアップ 

 C/O 比の分布は 12C のドレッジアップが AGB に沿って起きていることを 示す。またそれが 12C/13C の変化を引き起こすことも明らかである。C/O と 12C/13C の値は Smith, Lambert 1990 がフィールド星で見出した値に近い。我々のサンプルの C/O 最小値 0.2 は 第1ドレッジアップから予想される値に近い。



図2.LE 8 の K バンドスペクトル。矢印= HF 線の位置。3種の F 組成 点線= -0.1 dex, 実線= -0.5 dex, 一点破線= -0.7 dex.

F 組成量 

 HF (1-0 R7) は 13CO ラインとブレンドしている。 F の量を変えてベスト フィットを求め、それから F の量を決めた。しかし、炭素星ではこれは難し い。

 HF スペクトル 

 図2には LE 8 の HF を含む波長域スペクトルを示す。重なっているのは 異なる F 量のモデルである。F 量が星毎に異なることが判る。モデルパラメタ― の不確定性、 HF が一本しか使われていないことを考えるとさらに確認が 必要である。





表2.モデルフィットパラメタ―と得られた組成。最後2列は周期と光度。



 4.3.炭素過多星 

 Teff の範囲 

 二つの炭素星 LE 11 と LE 2 の C/O 比が求められた。LE 11 の Teff と C/O は不定性が大きい。CO 3-0 バンドヘッドの強度から C/O < 1.4 の可能 性は排除される。ライン巾と強度を合わせるために、マクロ乱流 10 km/s が 必要である。Teff の縛りはもっとゆるい。近赤外測光から Teff = 2950 K が 得られている。しかし、 Lebzelter, Wood 2007 はこの温度は低すぎ、脈動の性質を説明するには 3150 K が適当としている。 モデルスペクトルは 2950 K の方が良いフィットを与えるが、温度に対する スペクトルの反応は鈍い。

 高い Teff と大きな C/O  

 同じようなフィットが様々な (Teff, C/O) 組み合わせから実現される。 一般的は Teff を 100 K 上げて、 C/O を 0.1 増やすと大体同じスペクトル が得られる。ラインリストの不定性を考えると C/O = 2.0 までは排除でき ない。しかし、 K バンドスペクトル、近赤外測光、脈動からの制限を考慮す ると上限は 1.9 である。図3には C/O = 1.7, Teff = 2950 K でのフィット を示す。

 12C/13C の不定性  

 この温度で得た 12C/13C は 60 である。ただし、この値は Teff, C/O, 合成スペクトルのどこを観測にスケールするかの選択による。C/O 比の影響は 最小で、その不定性による効果は無視できる。2950 K 以上では Teff は重要な パラメターである。それ以下では 12C/13C への影響は少なくなる。この低温 領域では擬連続光の選択が重要である。不定性領域内でパラメタ―を変化させて スペクトルフィットした結果 12C/13C の不定性は平均値 ±10 であった。

図3.炭素星 LE 11 のスペクトル。青線= モデル C/O=1.7, Teff = 2950 K。  

 LE 2 のフィット  

LE 2 は Teff = 2600 - 2850 K の範囲で C/O = 1.9 ±0.2 となった。 低い温度は J-K と良く合う。 12C/13C = 65 ±15 である。


 5.議論 

 5.1.ドレッジアップ 


図4.サンプル中の酸素過多星 CMD. 各星の C/O が与えられている。

 色等級図上の C/O 変化 

 図4には色等級図上での O-リッチ星が示されている。データ点には C/O 値を 付けた。mbol は近赤外等級に Houdashelt et al 2000a,b の変換を 施して得た。サンプル中最も暗い LE 17 は 1.5 Mo 赤色巨星枝先端光度よりほん の僅かしか上でない。しかしその 12C/13C = 30 は明らかに RGB 星のそれ (Sneden 1991, Gratton et al 2000)より大きく AGB 星であることを示す。 一方、星団で最も明るい LE 13 は確かに最大の C/O 比を有する。しかし、 LE 16 と LE 17 は共に C/O = 0.44 で C/O が光度と共に上がるという描像と 矛盾する。この二つの星はまた、他の星が作る色等級系列から外れている。これ らは熱パルスの効果かも知れない。

 LE 17 

 LE 17 は規格外の星のようだ。この星の大きな J-K と低い光度はこの星が フラッシュ後の光度低下期にあると考えると理解できる。熱パルスで起きる 膨張は著しい光度と温度の低下を導く。我々のモデルからは輻射等級で 1 mag, 温度で 200 K の低下がある。LE 17 の別説明としては、非分解の連星か 非常に長い変光がある。しかし、12C の明らかな増加はフラッシュ後の光度低下 を支持する。この星が星団星でない可能性もある。

図5.サンプル中の酸素過多星の C/O - 12C/13C. 4本の線はモデル進化経路。

 図5= C/O と 12C/13C の関係 

 図5には C/O と 12C/13C の関係をプロットした。二つの関係が非常によく 決まっていることが見える。図中にはモデルからの予想線も描いた。実線は M = 1.9 Mo (TP-AGB 星開始時は 1.8 Mo), Z = 0.006, [α/Fe] = 0.2, Y = 0.27 モデルである。質量は Lebzelter, Wood 2007 による脈動質量である。α 元素の強化は LMC 星で一般に認められている (Hill et al 2000)値である。我々のサンプル中進化の若い H 39 と LE 9 の C/O 比はこの仮定を支持する。実際、第1ドレッジアップ後の C/O はスケール 太陽で 0.35, [O/Fe] = 0.2 星モデルでは 0.2 である。モデルパラメタ―の効果 を調べるため、破線=1.5 Mo、点線=Z 0.003, 一点鎖線=スケール太陽の 場合の関係線を描いた。これ等の線はそれぞれ熱パルス間期の4点を結んだも のである。α 増強モデルの線は殆ど変らず、観測点はそれらのモデル線 に良く沿っている。一方、スケール太陽モデル線は観測点から離れている。 スペクトルフィットはスケール太陽大気で行って組成を求めた。チェックのため、 O-増強を +0.1 dex と +0.2 dex としたモデルスペクトルで計算を行った。しかし、 O-増強の効果は小さな温度変化で補償され、結果として得られる C/O と 12C/13C の値は殆ど変化しなかった。


 F組成 

 図6に [F/Fe] と C/O の関係を示す。図を見ると F は不足から過剰に亘っ ている。F の決定は HF ラインによる。Fの起源については様々な説があるが、 我々のデータは F の AGB 起源を支持する。ここは少し略。






図6.酸素過多星のフッ素組成と C/O 比の関係。直線=初期組成 [F/Fe] = 0 のモデル。破線=初期組成 [F/Fe] = -0.71 のモデル。


 5.2.ドレッジアップと脈動 


図7.NGC 1846 の log(L/Lo) - log P 関係。基本振動と倍音振動モデル を重ねた。Le 9 は振幅が小さく周期が決まらないので除いた。 LE 13, LE 16 は第1倍音、 LE 8 と H 39 は第2倍音振動。LE 17 はどの振動系列にも乗ら ない。数字は C/O 比。第1倍音の C/O 比は第2倍音より大きい。    図7= C/O と変光モードの関係 

  Lebzelter, Wood 2007 による NGC 1648 AGB 星の詳細な変光調査から、観測された星毎の C/O と変光 との関係を調べられる。図7にはそれらの P-L 関係を示す。LE 9 だけは変光が 定まらなかったが、他の星は脈動モードが決められる。LE 13 と LE 16 は第1 倍音モードにある。一方、 LE 8 と H 39 は第2倍音振動である。幾つかの星 では基本振動を超える長い第2振動モードが検出されているが、短い方の第2 振動は見つかっていない。LE 17 はどの振動モードにも属さない。

 C/O の影響があるらしい 

 第1倍音振動にある星は第2振動星よりも高い C/O 比を示す。両者の光度は 重なっているので、 C/O 変化を光度効果と看做すことはできない。これを 更に調べるために図8を描いた。C−M図中に振動モードを書きこんだ。この 図を見ると、C/O - L 関係に加え、C/O には振動モードによる幾分かの影響が あるようである。ただ、なぜそうなるかは不明。

図8. CMD 上の酸素過多星。数字は C/O 比。白四角=第1倍音振動。黒 四角=第2倍音振動。Le 17 は除いた。  

 熱パルスサイクルの影響? 

 C/O 比の差から、サンプル星は少なくとも3つの異なる熱パルス段階にある ようだ。星の表面温度は熱パルスを経る毎に低下する。C/O 比の大きな LE 16 と LE 13 が他の星より高温度の系列を成していることから、熱パルスのサイ クルが、観測される脈動モードや温度の差の原因という考えは否定される。

 2つの種族? 

 同じ光度の星が異なる脈動モードにあることは、他の原因の存在を示唆する。 Mackey, Broby Nielsen 2007 は NGC 1846 が約 300 Myr 離れた二つの種族 から成ると述べた。これは AGB 星が質量の異なる2系列で構成されることを 意味する。このような2成分モデルは、図8に示されるカラー差を簡単に説明 する。それはまた、大質量の星ほどドレッジアップの効率が上がるということ で、観測される C/O 比を説明する。


 5.3.S型星 

 LE 13 の C/O は 1 以下である 

 Lloyd Evans 1983 はこの星を S 3/3 とした。事実 ZrO 6345 A バンドヘッド がはっきり見える。図9に示すように、その C/O = 0.6 - 0.7 である。 マイクロ乱流は増やした。C/N を 0.7 より増加させると、CN ライン、特に 15,567 A が強くなり過ぎる。それを温度を上げて補償しようとすると、 OH ラインのフィットが 15,570 A 付近で悪くなり、CO バンドヘッドが強くなり 過ぎる。同様に log g の変化は C/O = 1 付近では補償できない。このように、 LE 13 は S3/1 星だが、その C/O は明らかに 1 以下である。

 LE 8 の C/O はさらに低い 

 LE 8 は Sの C/O は 0.3 である。LE 9 と H 39 のスペクトルを直接比較する と、この星の C/O が増加していることがわかる。しかし、それは S 型星に 期待される値より低い。

 C/O < 1 はおかしくない 

 S 型星の C/O がたった 0.65 であるのは LMC の O 組成と良く合う。 Piccirillo 1980 は T < 3000 K でのみ、 ZrO が C/O = 1 で現れると述べた。 しかし、我々の S 型星の温度は皆 3000 K 以上である。そのような高温度星では Zr が多くなると C/O が 1 に達する前に ZrO が現れる。おそらく、 T が 3000 K を超え、さらに pre-AGB 期での O 元素の増加が進むことが C/O が 1 以下の S 型星の説明となるのであろう。Smith, Lambert 1990 は S 型星 NQ Pup の C/O = 0.29, V670 Oph で 0.75 を得ている。

図9.LE 13 の H バンドスペクトル。モデルは Teff = 3600 K, log g = 0, 実線:C/O = 0.6. 点線: C/O = 0.7.


 5.4.C型星 

 C/O  

 NGC 1648 炭素星の C/O は最も小さい LE 11 で 1.7 で、Oリッチ星の最大 値 0.65 との間にギャップがある。未観測の炭素星 LE 12 と LW 2 がこのギャ ップを埋めるかも知れない。

 12C/13C 

 炭素星の C/O が上昇しても 12C/13C は O-リッチ星の最高値から動かない。 一方、モデルでは 12C/13C はドレッジアップの進行と共に上昇していく。 実際、我々のモデルは C/O > 1 で 12C/13C > 100 を予想する。我々が 観測から得た値 60 は銀河系炭素星に対して Smith-Lambert 1990, Abia et al 2001 が得た 50 - 70 という値に近い。

 混合 

 尤もありそうな説明は、対流外層の冷たい底部と熱い水素燃焼層とが混合 することである。これは余分混合、または深い混合と呼ばれる。Nollett et al 2003 は前太陽系グレインの組成異常を説明するのに、深い環流を考えた。 いずれにせよ、多くの観測的証拠に関わらず、納得のいく説明はまだない。

 穏やかな深い混合 

 NGC 1648 の 12C/13C - C/O 系列から現れるシナリオは、穏やかな深い混合 というものである。これが、炭素星において起こり、 13C 組成に影響している のであろう。実際、 炭素星になる前は 12C/13C はモデルの予想通りであった のに、二つの炭素星の 12C/13C は外層が 30 - 40 106 K の温度に 曝されたことを示している。その温度と AGB 星の寿命内では、12C が一部 13C に変換されるが、 14N にまでは行かない。モデルでは、 AGB 星の対流外層の 底は 4 MK を超えないが、水素燃焼層近くに達する。 第1熱パルスの直前には、 2.2 10-3 Mo の大きさの領域が対流層 最内側部と温度 40 106 K の水素燃焼シェルとを分離している。 しかし、第10熱パルスの前には分離領域の大きさは 4 10-4 Mo まで縮小している。このような分離域の縮小はもし深い混合があるなら、それは 後期熱パルスで活発であろうことを示唆する。

 深い混合のシミュレイション 

 このシナリオを確認するため、対流層の下に人為的に 10-3 Mo の 付加混合層を付けた。ただし、それは温度が Tlim 以下となったときに限定した。 モデルで最も重要なパラメタ―は Tlim の値である。図10には Tlim により 12C/13C がどう変わるかを示した。図から Tlim = 35 - 40 106 K が観測 を再現することが判る。

図10.C/O − 12C/13C 図。 直線=我々の基準モデル。追加混合を加えたモデルは、 点線:Tlim = 35 106 K. 破線:Tlim = 40 106 K モデル。



 6.結論 

 12C/13C と C/O  

  O-リッチ AGB 星の 12C/13C と C/O の観測は第3ドレッジアップが確かに 発生していることを確証した。それらの星では 12C/13C = 12 - 60, C/O = 12 - 60 である。観測した二つの炭素星は (12C/13C, C/O) = (60, 1.7), (65, 1.9) を示した。[O/Fe] = +0.2 のモデルは O-リッチ AGB 星の 12C/13C, C/O 変化を正しく予想した。

 C/O 比と脈動モード 

 C/O 比と脈動モードの間に相関があるらしい。ただしまだはっきりしない。
 フッ素 

 フッ素組成の増加が AGB に沿って見られた。これは AGB 星がフッ素合成 の起源の一つであることを意味する。

 S型星 

 二つの星が以前 S 型とされた。我々はそれらの C/O = 0.65, 0.3 であること を見出した。これは星の Teff が高いことが S 型風のスペクトルを生み出した らしい。

 12C/13C  

 炭素星の 12C/13C は第3ドレッジアップの標準モ デルでは説明できない。それは追加混合の必要性を意味する。