GRS = Galactic Ring Survey 13CO J = 1-0 で見つかった 750 の 分子雲の運動距離を求めた。 VLA Galactic Plane Survey で CO ピーク位置での HI 自己吸収を調べて、距離の二重性を解消した。また、GRS 雲中の 21 cm 連続 波源を検出して、その吸収線の存在から遠距離と近距離の分別を行った。 | GRS 天体の銀河面上での分布は4本腕モデルと整合する。GRS 天体で追尾した 盾座ー南十字座腕とペルセウス腕の位置は Galactic Legacy Infrared Mid-Plane Survey Extraordinaire 星計数データと一致する。結論として、分子雲は渦状腕に 沿って分布し、また、腕間空間に大質量分子雲が存在しないことからその寿命は 10 Myr 以下である。 |
KDA 問題 KDA = Kinematic Distance Ambiguity 問題は内側銀河系では難しい問題である。 Clemens et al 1988 は マサチューセッツ大学 12CO サーベイから 5 kpc 分子リングを探る際、遠距離と近距離で分子雲の角直径が違うとして、 KDA を解いた。Kolpak et al 2003 は HIIR 方向での 21 cm 連続波スペクトル 吸収を KDA 解決に用いた。 |
HI 自己吸収法 ここでは、ボストン大学-五大学電波天文台による Galactic Ring Survey = GRS で検出した分子雲の距離を提示する。 KDA 解消には、Very Large Array Galactic Plane Survey = VGPS による 13CO 輝線ピーク方向での HI 自己吸収スペクトル探査観測を用いた。 |
分子雲内の HI による HISA 2 分子雲内部でも宇宙線による解離的電離とそれに続く再結合により、中性水素 が Tkin = 10 K という低温で存在する。分子雲 HI のコラム密度は十分高い ので、背景の温かい 21 cm 放射に対して吸収線を形成する。この現象は HISA と呼ばれる。この状況は図1に示されている。 |
HISA 法に加え、もし分子雲内に 21 cm 連続放射、例えば HIIR、があると、 それも距離決定に使える。この連続波源の輝度温度は通常、雲内の低温 HI よりも高い。その結果、放射源前面の全ての分子雲は吸収線を作る。もし、 放射源が近運動距離にあったら、前面の雲の視線速度は放射雲のそれよりも 小さい。そしてその吸収線に対応して 13CO には輝線が見える。 この様子は図2に示した。これに対し、もし放射雲が遠運動距離にある場合は 吸収線の視線速度は接線速度にまで達する。 |
3.1.13CO データ13CO サーベイGRS サーベイは FCRAO 14 m 望遠鏡を使い、13CO で l = [55.7, 18], b = [-1, 1] の範囲を観測した。角分解能は 46″ である。 このサーベイ (1998-2005) は分子雲の検出分離に威力を発揮した。この点は過去の 12CO がラインの混入に悩んだのと大分違う。 CLUMPFIND で分子雲同定 CLUMPFIND (Williams et al 1994) を用い、 GRS データを 0.1°、 0.6 km/s に平滑化し、829 分子雲が同定された。Rathborne et al 2009 を見よ。 |
3.2.HI データHISA 解析には VGPS (Stil et al 2006) を用いた。このサーベイは l = [67, 18], b = [-1, 1] を 21 cm でマップした。その角分解能は 1&prim; , 速度分解能は 1.56 km/s である。21 cm 連続波放射の画像は HI 輝線 チャンネルを除いて作成された。 |
銀河回転曲線 距離決定に用いる銀河回転曲線は Clemens 1985 を Ro = 8.5 kpc, Vo = 220 km/s でスケールして用いた。KDA の解消には第2章で述べた二つの方法を用い た。解析の順序は図3に示した。 HISA (1) 13CO ピークでの CO スペクトルを抜き出す。 (2)"on" = 13CO ピークほうこう。 "off" = ピークから 0.2° 内で13CO 放射ゼロ方向。 "off" と比較して "on" の 21 cm スペクトル上 13CO 位置に 吸収線があったら HISA とする。 図4には HISA のある場合とない場合の二つの例を示す。 |
"on" マップと "off" マップ "on" マップ: V±ΔV 巾の強度積分マップ。 "off" マップ; V+ΔV±2.5 km/s とV-ΔV±2.5 km/s の二つの平均のマップ もし、 21 cm スペクトルの吸収線が近運動距離にある雲に起因するなら、 "on" - "off" マップには雲の位置に影が生まれるであろう。したがって、CO 積分マップ上の雲と "on" - "off" マップの影が対応したら、近距離が確定 する。HISA の有る無しと"on" - "off" マップの影位置の対応とが矛盾 した場合には、距離はどちらとも言えない。図5と図6には HISA があった雲 とない雲とで "on" - "off" マップの例を示す。750/829 雲の KDA がこの方法で 解消した。解消しなかった 96 雲は今回の解析から省いた。 |
雲の自己吸収 21 cm 連続光源が雲に埋もれている場合、雲が遠距離にあっても、雲自体の HI により吸収線が生じる可能性がある。これを HISA と誤解するとこの 雲を間違えて近距離にしてしまう。 連続光源が本当に雲内部にあるか? Anderson et al 2009 は雲内のコンパクト 21 cm 連続波源をカタログ化した。 図7はこのカタログ値を我々の観測値と較べたものである。両者の一致は非常 に良い。 図8: 近距離の例 図8左は 21 cm 連続波源 GRS G018.94-00.26 13CO 積分等高線マップと連続光の強度マップを重ねたものである。13CO と 21 cm 連続光の分布は良く似ており、連続光放射源は CO 雲に埋もれている と判断される。 |
右図は HI 21 cm と 13CO スペクトル。21 cm スペ
クトルは基線差し引きを行った。縦破線=接点速度。縦一点鎖線=雲速度。21
cm スペクトルの吸収線は雲速度 (64.6 km/s) 以下、2, 25, 40, 50 km/s、で
のみ発生している。接点速度は 125 km/s である。従ってこの雲は近距離 4.7 kpc
である。
図9: 遠距離の例 (W49) 図9は 21 cm 連続光放射のある GRSMC G043.19-00.01 を示す. 左図は 13CO 積分等高線マップと 21 cm 連続光の強度マップを重ねた。 13CO と 21 cm 連続光の分布は良く似ており、連続光放射源は CO 雲に埋もれていると判断される。 右: HI 21 cm と 13CO スペクトル。21 cm スペクトルは基線差し 引きを行った。縦破線=接点速度。縦一点鎖線=雲速度。21 cm スペクトルの 吸収線は接点速度 (75 km/s) まで雲の速度 11.8 km/s より大きい速度まで 分布する。従って W49 は遠距離 11.4 kpc である。 |
表1=カタログ例の説明 750 分子雲距離が決まった。表1はその一部の例である。第1列は Rathborne et al 2009 による命名、第2−4列は l, b, V である。 第5−7列は雲の FWHM を l, b, V で示す。第8列は距離、 第9列は 13CO 光度 (104 K km/s pc2) 積分強度の計算には 3σ = 0.21 K km/s 以上を用いた。最終列は連続光 源が雲内にあるかどうかを示す。最後の列は連続波源が雲内に存在するかどうか を示す。 |
表2=距離決定のまとめ 表2は距離決定のまとめを示す。表には HISA のみで距離を決定した場合と、 連続光も併用した雲とを分けて集計した。750/829 分子雲で KDA が解消した。 ![]() |
速度 雲間の速度分散が 3 km/s くらいあるので、局所慣性系に対しての運動が 距離の誤差を生む。その上、渦状腕が衝撃波を作り、それが速度の不連続を 導く。Clemens 1985 は Scutum-Crux, Sagittarius, Local Spiral Arms で 10 - 15 km/s の速度擾乱を観測した。 |
図10には速度のずれが距離のエラーにどのくらい反映するかを、 l = 20, 40 の場合について示した。雲の多くが属する 3 kpc 以上の距離帯 では、距離エラーは近距離で 30 %, 遠距離では 20 % が最大であることが わかる。 |
近くの雲の方が検出されやすい GRS 雲の位置を図11に示す。しかし、雲の位置と数は必ずしも分子ガスの 分布を表さない。なぜなら、分解能効果と CLUMPFIND アルゴリズムにより、 近傍の良く分解された雲に重みがかかるからである。図11の左を見ると、 近くの雲が遠方の雲よりもはるかに多いことが明らかに分かる。 13CO 表面輝度 従って分子ガスの分布を調べるには、ガスの表面密度分布を考えるべきである。 13CO 表面輝度はそのよい指標になる。図11の右側は GRS 雲の光度を 0.04 kpc2 毎に足して単位面積あたりに直した 13CO 表面輝度の分布である。図は 0.4 kpc の箱型核で平滑化した。 4本腕モデルとの比較 渦状腕が恒星の集積から成るなら、それは古い種族の K 巨星で辿れるはずである。 Drimmel (2000) は K バンド輝度分布から 2 本腕を主張した。 Benjamin et al. 2008 は GLIMPSE 星計数と K, M 巨星の分布に l = 301、 306 ピークを見出し、 それを腕の接点と考えて、同じく2本腕を支持した。K-巨星 の表面密度は銀河中心距離 4.5 kpc より先では著しく減少する。長さ 9 kpc, 軸角 44° のバーの存在がこれらの星の分布から示唆されている。 図11には Scutum-Crux と Perseus の二本腕モデルを分子雲分布と比較した。 4本腕モデル Vallee 1995 は CO, HIIR, HI, 磁場, OB アソシエイション、熱電子ガス からの腕構造をまとめて4本対数腕モデルを提案した。それらは、 3 kpc, Scutum-Crux, Sagittarius, Perseus 腕である。彼のモデルは図11の色分け線 で示した。 |
GRS 分子雲の分布 13CO 表面輝度の分布は Scutum-Crux, Sagittarius, Perseus 腕に沿って強いことを示す。これらの腕が GRS で検出された分子雲の大部分を 載せているのである。図12では 13CO 表面輝度の分布を (θ, ln r) 面上に示した。この表示では渦状腕は直線になる。図を見ると 13CO 表面輝度の大部分は Scutum-Crux から射出されていることが 分かる。Sagittarius と Perseus の表面輝度は低いが、局所ピークとして周囲 から突出している。 ![]() 図12.13CO 表面輝度の (θ, ln r) 面上分布。単位は K km/s pc. θ = 太陽ー銀河中心線からの方位角。r = 銀河中心距離。この面では 渦状腕は直線になる。十字の線は Velee 1995 の4本腕。緑= 3 kpc 腕。 黄色=盾座ー南十字座腕。白=サジタリウス腕。青=ペルセウス腕。 |
図13=腕からの距離の分布 図13には GRS 分子雲に含まれる 13CO からの CO 輝度と (雲ー腕間距離/腕ー腕間距離)との関係を示す。図を見ると、分子雲が 腕の近くに集まっている様子が見て取れる。図13では個々の雲の光度は 各ビン=0.05 x 腕間距離内で足し合わされている。図の左は Scutum, 中は Sagittarius, 右は Perseus 腕である。 盾座腕とサジタリウス腕 盾座とサジタリウスでは 13CO 光度が腕からの距離に応じて 下がって行くことが明白に見て取れる。ペルセウスではこの傾向がそれほど はっきりしない。そして腕の中心と 13CO 光度の中心がずれている。 図11を見ても分子雲分布の中心が腕中心とずれていることが見て取れる。 |
分子雲は腕に沿う 全体として、図11、12、13は GRS 雲からの CO 放射が、盾座ー南十字座、 サジタリウス、ペルセウス腕に沿っていることを示す。これは分子雲の分布は 4本腕モデルと合うことを示す。 サジタリウス腕の性質 サジタリウス腕は分子雲でははっきりと表れるが、古い星の分布には現れない。 この腕は恒星の質量密度超過を伴わないガスの運動から生じた星形成活動からなる 構造である。 |
分子雲形成の合体モデル: bottom up" 合体モデルを検討した Kim et al 2003 によると、雲の形成タイムスケール は 0.1 Gyr で、かつ合体モデルから予想される分子雲の相互速度巾は観測値 より遥かに大きくなる。 雲形成の不安定性モデル: top down swing amplification, magneto-Jeans instability, Parker instability などが可能で、 Kim et al 2003 によれば、局所ジーンズ質量の塊りに swing amplification と magneto-Jeans instability が働くと極めて短い時間に雲 形成が起きる。 流体力学過程 流体力学過程=衝撃波圧縮、乱流密度超過、収束流、などもまた分子雲形成 に大きな役割を演じる。渦状腕衝撃波も分子雲形成を引き起こす。圧縮とガス 冷却が起きるからである。 分子雲の分布から分かること 分子雲の分布から、合体、不安定性、流体力学効果、腕衝撃波などの諸過程が 分子雲形成にどのくらい寄与するかを評価できる。特に、腕間空間の雲の分布は 希薄星間空間における合体と不安定性の効率を決めるのに役立つ。一方、分子 雲が腕内に閉じ込められていたら、流体力学効果と重力不安定性の増大が分子雲 形成に重要である証拠となる。 |
分子雲の寿命 分子雲の寿命は星形成活動により規定される。 Blitz, Shu 1980 は分子雲 が OB アソシエイションにより 10 Myr 以内に破壊されることを示した。 我々は GRS 雲の分布から分子雲寿命に制約を掛けられる。 腕間の通過時間 腕間距離を δr = 0.3r とし、 ( 4本腕なら、弧に沿って2πr/4 = 1.5 r になるが?それとも動径方向?) 腕のパターン速度を 11 km/s/kpc, Vo = 220 km/s として、盾座腕とサジタリ ウス腕の間の通過時間は、 r = 5 kpc として、パターン速度 Vp = 55 km/s。平坦回転曲線を仮定すると、 ΔV = Vo-Vp = 165 km/s だから、通過時間 t = 0.3x5 kpc/165 km/s = 1.5 kpc/165 km/s = 9 pc/(km/s) = 9 Myr は r = 5 kpc で 7 Myr, r = 8 kpc で 10 Myr である。こうして、分子雲の 大規模分布から分子雲寿命に制約を掛け、形成シナリオの違いを分別できる。 分子雲が腕に沿っていることは、雲の形成に腕が関係することを示し、同時に その寿命が腕間空間の通過時間 10 Myr を越えないことを意味する。 希薄 CO ガス CLUMPFIND アルゴリズムが設定した分子雲の最低密度のため、GRS で検出し た 13CO 放射の全てが分子雲に帰属するわけではない。実際、 分子雲放射は全体の 63 % である。残り 37 % のガスが何処にあるかを決める ことはできない。 |
図14には、Clemens 1985 回転曲線と Vo = 220 km/s 平坦回転曲線とから 導いた運動距離を GRS 雲について比較している。大抵の場所ではその差は 10 % 以内であるが、接点方向では 30 % に達する。これはその付近では ∂VLSR/∂D = 0 で僅かな VLSR の変化が 大きな D の変化に対応するためである。 |
![]() 図14.Clemens 1985 回転曲線と Vo = 220 km/s 平坦回転曲線とから 導いた運動距離の比較。 |
メーザー分子雲 Brunthaler et al 2009, Zhang et al 2009, Xu et al 2009 は VLBA の メタノールメーザー観測から4つの星形成域の距離を決めた。 それらは、 (l, b, v) = (35.2, -0.74, 31), (23.01. -0.41, 74.32), (23.44, -0.21, 101.1), (49.49, -0.37, 56.9) である。図15には それらの 13CO 積分マップを示す。また、それらの二つ、 GRS G024.44-00.21 と GRS G049,49-00.40 (W51 IRS2) は 21 cm 連続波の 放射源でもある。図16にはその 21 cm 放射光マップを示す。その吸収 線の分布から二つとも近距離天体であることが判った。 表3=両方法の比較 表3には二つの方法で求めた距離を比較している。一致は 10 % 以内で 非常に良い。 |
![]() 図17.上=GRS G024.44-00.21 と 下=GRS G049,49-00.40 (W51 IRS2) の HI 21 cm スペクトル。破線=接線速度。一点鎖線=天体速度。 |
l = [55.7, 18], b = -1, 1] の 13CO 観測から 829 分子雲が 同定された。内 750 個の運動距離の KDA を解消した。それらの雲からの 13CO 放射は全体の 63 % を占める。それらは主に、 盾座、サジタリウス、ペルセウス渦状腕に属する。その分布は Vallee 1995 の4本腕モデルと合う。また、盾座とペルセウス腕に属する分子雲の位置は Benjaminn et al 2008 が古い星種族から決めた2本腕の位置と合致する。 | これ等の結果は分子雲形成に渦状腕における流体力学過程と不安定性の 増大が大きく関与していることを意味する。巨大分子雲は腕間空間には 見つからなかった。また、分子雲の寿命は 10 Myr 以下であることが 巨大分子雲が腕間空間に不在であることから結論される。 |