東京大学アタカマ1m望遠鏡
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発表内容研究の背景イオ(Io)は木星の第一衛星であり、ガリレオ・ガリレイが発見したガリレオ衛星のひとつである。火山活動が確認された地球以外の最初の天体であり、かつ太陽系内でもっとも火山活動が活発な天体でもある。イオの火山活動は木星で見られるオーロラ活動などとも関連することが示唆されており、その活動性を明らかにすることは木星圏全体を理解する上でも重要である。火山のような突発現象の活動性の監視には継続的なモニタ観測が必須となる。イオの火山性赤外線放射は、近赤外線波長(波長2-5ミクロン)において顕著に見られるが、この波長帯では太陽の反射光による影響を大きく受ける。従来の観測では、太陽の反射光とイオ火山からの赤外線を見分けるため、世界でもトップクラスの大型望遠鏡や、無人探査機が用いられてきた。しかしこれらの大掛かりな設備をイオの観測のために継続的に利用するのは困難であり、観測的な研究は未発達の段階にある。 研究内容イオの火山活動を見るには、波長5-20ミクロンの中間赤外線波長での観測が有効である。この波長では太陽光が相対的に弱くなるため、反射光の影響はほとんど無視でき、火山の高温部からの熱放射を直接見ることが可能になるからである。しかし中間赤外線は地球大気の水蒸気によって強く吸収されるため、その観測は容易ではない。地上の大型望遠鏡や衛星望遠鏡などの中には中間赤外線を観測可能なものもあるが、観測時間が限られており、長期間にわたるモニタ観測を行うことは運用上きわめて難しい。 東京大学大学院理学系研究科の吉井教授、宮田准教授と東北大学大学院理学研究科の米田研究員らの研究グループは、大がかりな設備を用いることなく波長8.9ミクロンの中間赤外線を利用して長期間にわたるイオのモニタ観測に成功した。この観測には東京大学アタカマ天文台のminiTAO 1m望遠鏡を用いた。この望遠鏡は世界でもっとも高い場所で運用されている赤外線望遠鏡であり、大気水蒸気量が非常に低いことから中間赤外線観測に最も適した地上に設置された望遠鏡のひとつである。 イオの観測は2011年10月から2012年10月まで断続的に18回行われた。イオは地球から遠く離れているため、1m望遠鏡では衛星全体が点としか写らず、その構造を画像として直接見ることはできない。しかしながら、イオは木星の周りを約1.7日周期で自転している。イオのある場所に活発な火山活動があれば、地球から見るイオの明るさは、灯台のように周期的に変化する。この変化を利用してさまざまな時間でイオを観測すれば、イオ上のどの場所(経度)が明るいかが分かり、イオのどの火山が活動しているかを明らかにできる。 研究結果2011年の観測では経度280度付近が明るくなっているが、2012年の観測ではこのような兆候は見えない(図3、図4)。この経度にはイオの中でも比較的活発なダイダロス火山があることが知られており、明るくなった原因は2011年度に起きたダイダロス火山の活動に伴うものだと示唆される。ここからの放射強度は総計で10兆ワットに上ると推定される。これは2000年有珠山の噴火時の放射エネルギーの約1万倍に相当し、太陽系最大級の噴火であったことが示唆される。このことから、ダイダロス火山が頻度は低いものの大規模な火山活動を示すことが明らかとなった。 社会的意義と今後の予定イオの火山活動は木星で見られるオーロラ現象などとも関係しており、今回の結果は、木星を取り巻く磁気圏の理解を進める上で重要な成果である。また遠く離れた星での火山活動を中間赤外線モニタ観測によって明らかにできたことは、ほかの惑星を含めた太陽系内天体の観測の手段を新たに実証したという点で意義深い。さらにこれが人工衛星や無人探査機などの巨大計画ではなく地上の望遠鏡でなされたことは、今後同種の観測を行える可能性が広がったことを意味しており、観測手段の発展という観点からも重要な成果である。 東京大学では本研究で用いた1m望遠鏡のある場所と同じ東京大学アタカマ天文台に、口径6.5mの赤外線望遠鏡を建設する計画を推進している。この6.5m望遠鏡を用いれば、中間赤外線の感度は40倍、空間解像度は6倍向上できる。これを用い、イオをはじめとする太陽系内の天体や太陽系外天体のモニタ観測も推進し、ユニークな観測研究を進めていく。
その他東京大学大学院理学系研究科天文学教育研究センター木曽観測所では高校生向けの天文学実習「銀河学校」を毎年春に開催している。本研究の筆頭著者である米田研究員は中学・高校在学時の1998年, 2001年にこの実習に参加しており、その際にスタッフとして指導にあたったのが吉井教授、宮田准教授であった。本研究のアイデアも銀河学校の同窓会や科学教育に関するNPO「サイエンスステーション」の活動を共に行う中で生まれたものである。理科離れ解消のための実習企画は数多く行われているが、それが実際の科学者育成に結びつく例は少なく、さらにそこから研究グループが生まれ、科学成果が得られることは非常にまれである。その意味でも本研究は特筆すべきものであるといえる。
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