題名: すばるOHS用冷却赤外分光カメラの開発と電波銀河 B3 0731+438の近赤外撮像観測

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概要:
すばる望遠鏡の完成により、日本の天文学もいよいよ8メートルクラスの望遠鏡 のデータを用いた研究の時代に本格的に突入する。 その七つある第一期観測装置の一つが、京都大学物理学第二教室で開発が進められ ている OH-Airglow Suppressor Spectrograph (OHS)である。

近赤外、特に1.25μm帯 J、1.65μm帯 Hバンドの観測で は大気上層部のOHラジカルの輝線(夜光輝線)が大気からのバックグラウンド放 射の大部分を占め、観測の障害となっている。 OHSは高分散分光(λ/Δλ=5500)を行ってこの夜光輝線を最大 95%以上除去することにより通常に比べて1等級程度 暗い天体の撮像/低分散分光を可能にする夜光輝線フィルタで、 J、Hバンドで地上観測ではもっとも暗い天体の観測を可能にする。

OHSはこの夜光除去部と夜光が除去された光を分光/撮像するカメラ部に わかれ、そのカメラ部はCooled Infrared Spectrograph and Camera for OHS (CISCO) とよばれる独立した観測装置となっている。 CISCOは日本で初めて 1024×1024ピクセルのアレイ検出器 HAWAIIを用い た分光/撮像カメラで、撮像モードで波長0.9〜2.4μmに感度を持つ 視野2"×2"のカメラ、分光モードで λ/Δλ〜 300 程度の波長分解能の分光器となる。 これらの制御とデータ取得は Messia III と呼ばれるボードコンピュータシステ ムで行われる。さらに、システム全体はすばる望遠鏡のコンピュータシステムに 組み込まれて、望遠鏡と連動した使いやすいインターフェースを提供する。

CISCOはすばる望遠鏡の試験観測期の 1999年1月から7月にかけて 単独でカセグレン焦点に取付けられ、その試験観測装置として数多くの成果を もたらした。

その一つがz=2.429の電波銀河 B3 0731+438 の近赤外撮像観測である。 この観測は2.1 μm帯の広帯域フィルタ(K' -バンド)と 2.25μmの狭帯域フィルタの2バンドで行われた。 2.25μmバンドはちょうどこの銀河のHα+[N II] 輝線に相当する。

この観測の結果、中心から50 kpc近くにまで広がったコーン状のHα+[N II] の輝線雲が検出された。その形状は中心から両側の電波 hot spots へ延び る alignment effect を示し、それぞれの端が2股にわかれている。その形状か ら輝線雲はおそらくはコーン状に広がっており、中心に隠されたAGN から放射 された紫外線で励起されているものと考えられる。 電離ガス雲の電子密度は 50 (electrons/cm^3)、 質量が5e9 太陽質量、水素電離光子数が 4e55 (photons/sec)と推定され、他の z>2電波銀河の Lyα 雲から得られた値と ほぼ同程度である。また中心に隠されているAGNが等方的に電離光子を 放出していると仮定するとその総量は1e57 (photons/sec)と推定され、 これはもっとも明るいクエーサーにも匹敵する量である。

一方、輝線成分を除去した2.1μm (静止波長 6000 オングストローム)イメージ は中心に分解されないAGNコア(0.4" 以下)と広がった銀河成分に分解された。 他バンドの結果と合わせて spectral energy distribution の フィットを行った結果、母銀河は instantaneous な星生成を 起こして 500 Myr 程度経過しており、その星質量は 3e11 太陽質量 であると推定される。これは標準的なz=1の3CR電波銀河と 同程度の星質量である。

本論文の第1部 (1〜3章) ではまず赤外線天文学の歴史とその 基礎、それにOHSについて概観する。 第2部 (4〜10章) ではCISCOのハードウェアおよびソフトウェア両面につい て詳細に解説を行う。 最後に第3部 (11〜12章) で電波銀河 B3 0731+438の観測結果と その科学的成果の報告を行う。
Last Updated 2002/1/31
kmotohara@ioa.s.u-tokyo.ac.jp