研究内容
人類は太古より、空の彼方がどうなっているか、宇宙はどのような姿をしている のか、我々と同じような世界は他にもあるのか、などの素朴な疑問を抱いてきて
います。現代の天文学の研究は、科学技術の粋を尽くして、これらの疑問を追及 し、観測可能な限り宇宙の果てまで観測すると共に、物理学を駆使して、宇宙の
始まりから現在までの進化の様子、さらには未来の姿を予想し、人類の素朴な疑 問に答えようとしています。天文学は欧米や豪州・中国・インド・韓国・チリ・
ブラジル・アルゼンチンなどはもちろん、世界の多くの国で行われています。私 がたまたま話をした天文学者がいる国では、たとえばネパール、マレーシア、イ
ンドネシア、タイ、フィリピン、ベトナム、エジプト、さらには北朝鮮、グルジ ア、アゼルバイジャン、ウズベキスタン、イランなどがあります。天文学の分野
は大変広いですが、中でも私は、広い範囲を調べる掃天観測(サーベイ観測)を
中心に研究を行っています。以下にいくつかの内容をご紹介します。
広い空に見えるたくさんの星や銀河(星の集まり)などをたくさん調べていく観 測を、サーベイ観測と呼びます。たとえば東京大学の木曽観測所にある口径1.05メートルのシュミット望遠鏡は、6度四方、一度に満月が144個も 写る広い視野を持っています。写真の時代には、大型の乾板で、この6度四方の範 囲を一度に撮影できました。ただ写真乾板は感度が低いため、現在では、CCDと呼 ばれる半導体検出器(デジカメなどにも使われています)にとってかわられてき ています。私は1990年代初めから、東大の岡村教授・国立天文台の関口助手(当 時)らと、CCDをたくさん並べて広い範囲を覆うカメラを作ることを始めました。 最初のカメラは100万画素のCCDを16個並べていました。その後さらに40個並べた カメラ作りにも参加ました。こちらは現在は引退し、国立天文台の展示室に展示 されています。その後、米国と共同で、CCDを54個使った大型カメラを用いるスロー ンデジタルスカイサーベイ(SDSS)という国際共同研究に参加、 1億個を越える天体のカタログづくりへいろいろな 作業を行いました。特に測定装置を設計・製作し、SDSSのu,g,r,i,zバンドのバンドパス形状 を正確に求めました。 また、すばる望遠鏡 の広視野カメラSuprime-Camのたちあげにも参加しました。 現在は木曽観測所のシュミット望遠鏡には、トモエゴゼンカメラと呼ばれる、キャノン製CMOSセンサー84個 を搭載する広視野高速撮像カメラの立ち上げに参加しています。
○銀河の研究銀河には、きれいな渦巻き腕を持って星がたくさん生まれている渦巻銀河や、だ 円形をして古い星が集まっているだ円銀河などがあり、いろいろな形をしていま す。もともとは有名なエドウィン・ハッブル博士が20世紀初めに目で見て分類を していましたが、計算機が発達した現代においては、数式であらわすことのでき る値にして、誰でもできる形態の分類が重要になります。私は1990年代前半に、 岡村教授らと、中心の光の集中度を使った分類 を、木曽観測所のシュミット望遠 鏡で撮像した791個の銀河で行いました。カナダや米国の研究者に注目 され、彼らがさらに発展をさせ、我々もスローンデジタルスカイサーベイで撮ら れた銀河の形態分類を発展させた形で行いました。これらの形態分類は、銀河の 研究する上で、基礎の一つになっています。
○超新星の研究超新星は、星の終末の爆発現象です。重い星は、星の内部で核融合がどんどん進 み、やがて中心に鉄の核ができます。鉄は核融合をしてもそれ以上エネルギーが
とりだせないため、それまで核融合エネルギーをもとにした光の圧力でささえて きた重力がささえられなくなってつぶれ、大爆発をおこします。この重い星の終
末は重力崩壊型超新星です。一方軽い星の場合、たとえば炭素や酸素でできた白 色矮星の段階で、核反応が進まなくなるのですが、たがいの周りをまわりあう連
星系では、相手の星から白色矮星が物質をもらい、白色矮星を支える限界の重さ に近づいて爆発する熱核暴走型の超新星もあります。後者をIa型超新星と呼んで
います。Ia型超新星は、明るさがほぼ一定だということが、1990年代前半にわか り、距離を測定することに使われてきました。その結果、宇宙膨張、特に暗黒エ
ネルギーの研究のため、たくさんの超新星が観測されるようになりました。我々 もすばる望遠鏡・ハッブル宇宙望遠鏡を使って遠方(90億光年くらいまで)の超
新星を観測してきています。またSDSSのサーベイからは30億光年くらいまでの超 新星を観測してきています。Ia型超新星の明るさのばらつきについて、色やスペクトル
との関係を調べ、よく理解してさらに精度よく距離を測るための研究を行ってい ます。また、超新星の出現頻度を調べることで、超新星自身を理解しようという
研究も行っています。
特に最近では、大学院生のJian Jiangさんらと、すばる望遠鏡で早期から観測 を行い、Ia型超新星の爆発の仕方の一つを特定する観測に成功しました(記者発表リンク)。
宇宙にちらばる銀河と銀河の間の距離は、たがいに遠ざかりあっていること(宇 宙膨張)が、エドウィン・ハッブルによって1920年代に発見されました。宇宙膨 張は、物質どうしに働く重力のためブレーキがかかって(減速して)いる、と 1990年初めくらいまで、大部分の天文学者が信じていました。ところが、遠方の 銀河が予想よりもはるかに多く観測される問題、天の川銀河の古い星の年齢が、 宇宙膨張から予想される宇宙年齢よりも短くなる問題など、いくつもの矛盾が指 摘されました。さらに1998年には、遠方のIa型超新星を観測した2つのグループ によって、宇宙膨張が速くなって(加速して)見えることが独立に発表され、加 速させている謎のエネルギー源には暗黒エネルギーという名前がつけられました。 さらに、2003年には、約140億光年彼方に見えている、火の玉宇宙の名残りの放射、 すなわち宇宙背景放射のゆらぎの観測から、観測されている物質(普通の物質に 加え、暗黒物質と呼ばれる謎の重力源)では、ゆらぎの間隔がうまく説明できず、 宇宙のエネルギー・物質の約3/4は暗黒エネルギーであるべき、という結果も発表 されました。
暗黒エネルギーは物理学の基本法則に関わる大きな謎です。この謎に挑むため、 我々は、すばる望遠鏡を中心に、遠方の超新星を観測し、宇宙膨張を精密に測っ ています。また、トモエゴゼンカメラやTAO望遠鏡によるIa型超新星の詳細を調べる観測も行おうとしています。 暗黒エネルギーは「21世紀のエーテル」にも例えられ る大きな謎ですが、その性質に迫るためには、大変広い範囲、多くの天体を観測 していく必要があるため、謎の解明には時間がかかると予想されます。私はいろ いろな工夫をして、この謎にとりくんでいこうとしています。
○装置開発天体からの光は大変微かですので、天体望遠鏡を使って光を検出器に集める必要 があります。天体望遠鏡は世界に台数も限られ、また製作や運用が決して安くな
いため、天体観測に使える時間は限られています。そのため、できるだけ感度の 高い、また、効率の良い観測装置が望まれます。私のところで開発をしている観
測装置は、ダイクロイック・ミラー(フィルター)と呼ばれる、特殊な鏡を使っ て、光を色(波長)ごとに分けていき、15の色で別々に絵が撮れる装置Dichroic
Mirror Camera(DMC)です。通 常のカメラは一度に1つの色でしか撮れないのに比べ、大変効率の良い装置です。
この装置は一度広島大学のかなた望遠鏡で試験観測を行いましたが、順調に天体の画像情報
を保ったままで、色の情報を詳しく調べることができています。現在はCCDの高感度化にとりくんでいます。 将来はより大型
の本格的な装置を作って銀河や超新星、暗黒エネルギーなどの研究に活用したい と考えています。
また、DMCの予備のレンズを活用して作った感度の高い低分散分光撮像装置LISSも大学院生を中心に製作し、西はりま天文台のなゆた望遠鏡で観測を行っています。
さらに京都大学の太田教授、前田准教授他と協力して、3.8m望遠鏡に可視同時撮像カメラを 設計・製作しようとしています。
天体からの光は、地球の大気を通過する際に、吸収・散乱されたり、ゆらいだり します。特に赤外線の波長域や波長の短い電波の波長域では、水蒸気の量によっ て、天体からの光がみえたりみえなかったりします。天文学教育センターでは、 赤外線波長域の観測を重視し、南米チリ共和国のアタカマ砂漠にあるチャナントー ル山山頂(海抜5640m)に世界最高地点の天文台を建設しています。現在口径1m の望遠鏡が完成し、さらに6.5mの望遠鏡建設へと進もうとしています。1m望遠 鏡の観測の結果、チャナントール山は、すばる望遠鏡のあるマウナケア山(海抜 4200m)よりも大気の透明度が高く、また空気のゆらぎも大変少ないことがわかっ てきています。我々は日本では実現できない好環境の天体観測条件を活かし、様々 な天体観測を実現していきたいと思っています。
木曽観測所は口径1.05mと、視野の広いシュミット望遠鏡としては、世界第4位の 口径を誇る望遠鏡です。1974年以来、日本全国の天文学者に利用されてきました。 木曽観測所では現在、主力観測装置として、視野が2度角を有する広視野カメラ を開発中です。木曽観測所は、国内にあるということで、アクセスの比較的良い 観測所として、教育や科学コミュニケーションのためにも活躍をしています。
祝 2011年ノーベル物理学賞
2011年のノーベル物理学賞は、遠方超新星を用いた加速膨張の発見の功績で、パ ールムッター博士・シュミット博士・リース博士が選ばれました。特にパール
ムッター博士は、私たちが2001年からすばる望遠鏡を使って遠方超新星観測を一 緒に行ってきた共同研究者で、我々の研究グループは、パールムッター 博士率いるSupernovaCosmology
Projectの研究会に出席してきました。遠方超新 星による観測的宇宙論観測を開拓したパールムッター博士、独立に宇宙膨張の加
速を発見したシュミット博士・リース博士の受賞を心からお祝いいたします。
なお、たまたま2011年9月20日にできあがった一般向け解説書
「宇宙のダークエネルギー - 「未知なる力」の謎を解く」
光文社新書
土居守・松原隆彦共著
は、意図しなかったものの、今回のノーベル物理学賞の意義や方法についての
ぴったりの解説書になっています。この研究の現状と将来、あるいはパールムッ ター博士だけでなく、シュミット博士とすばる望遠鏡建設について話をした逸話
なども入っていますので、興味のある人はぜひご覧ください。