FG Sge, V605 Aql, Sakurai -- Facts and Fictions


Schonberner
2008 "Hydrogen Deficient Stars", 139 - 150




 アブストラクト 

 3 つのボーンアゲイン星 FG Sge, V605 Aql, Sakurai's object は 進化晩期 や極端な晩期 で 熱パルスを起こす post-AGB 進化モデルの試金石である。  現在進行中の変化は目にしているが、それ以前の進化が確定していないことが 問題である。ここでは、現在の知識を整理し、間違った概念を指摘する。


 1.イントロダクション 

 post-AGB 熱パルスの確率 

 PNe 中心星は水素燃焼している。AGB, post-AGB 進化モデルによれば、 マスロスを考慮すると、post-AGB 期間はコアマス 0.6 Mo AGB 星に対する熱 パルス期間 10 万年の 1/10 である。したがって、post-AGB 期間中にヘリウム 燃焼の熱パルスが起きる確率は 10 % である。post-AGB 期間の大部分は TAGB から Teff 20,000 K までの時間で占められる。その長さはマスロスで決まる のだが、その値はまだしっかり決まっていない。

 ボーンアゲインシナリオ 

 ヘリウム熱パルスのエネルギー放出は星を巨星領域へと膨らませる。 これが所謂ボーンアゲイン現象である。星の外層は 100 年程度の期間で急激に 膨張し、数百年間その状態に止まってから、収縮に転ずる。このループ の期間はヘリウム燃焼殻より上の層の熱タイムスケールで決まり、約 1000 年程度である。

 LTP  

 LTP = late thermal pulse はまだ水素燃焼殻が活発で、星が水平進化して いる時期の熱パルスである。エントロピー障壁はまだ高く、ヘリウム燃焼に よる対流は水素外層に進入できない。

 VLTP 

 一方、VLTP = very late thermal pulse は水素燃焼が終了した後の熱パル スである。水素燃焼が消えていくにつれ、エントロピー壁の高さは減っていく。 対流の結果、外層水素が熱い下の層に巻き込まれ、急速に燃焼する。水素燃焼 タイムスケールと局所対流の混合タイムスケールと同じ高さで水素燃焼殻が 形成される。この非平衡水素燃焼で放出されるエネルギーは水素燃焼殻の上部 外層の急激な膨張を引き起こす。

図1.texpan = VLTP による水素燃焼極大時から Teff = 6300 K まで膨張する 時間、と post-AGB 質量との関係。(Miller-Bertolami, Althaus 2007) LTP によるヘリウム燃焼極大時から測った texpan は Blocker 1995 による。

外層質量が小さいのでこの膨張タイムスケー ルは LTP よりずっと短い。この急激で短期の膨張の後、ヘリウムシェル燃焼 のエネルギー放出で駆動されるより長いタイムスケールの膨張が続く。 VLTP の計算には対流ミクシングと核燃焼を同時に扱う技術が要求される。


 Miller-Bertolami, Althaus 2007 の計算 

 Miller-Bertolami, Althaus 2007 は VLTP の結果は星の質量で大きく 変わることを示した。図1に示されるように、 M < 0.6 Mo では、 10年で Teff=6200 K に達し、100 年後にヘリウム燃焼による第2膨張 が始まるまで、タイムスケール 30 年の膨張を続ける。M > 0.6 Mo では、 水素燃焼のエネルギーは外層膨張に不十分である。膨張はヘリウム燃焼に より引き起こされる。そのタイムスケールは図1に見られるように、 LTP と 大体等しい。

 質量が大きくなると 

 図1からもう一つ気付くことは、 M > 0.6 Mo では texpan が M と共に 減少、0.6 Mo で 300 年、 0.8 Mo で 30 年、していくことである。これは 熱タイムスケールが光度が上昇するとともに、また外層質量が薄くなると共に 低下するからである。
 VLTP と LTP の区別 

 どちらにせよ、VLTP の特徴は、水素燃焼が完了した後 星が明るくなると、ほぼ無水素の表面組成を示すことである。一方、 LTP では正常な水素量が観測される。しかし LTP でも、後に温度極小期 の表面対流層の底が無水素層の物質を掬い上げると、組成変化が起きうる。

 天体の分類 

 進化スピードの速さを考えると Sakurai's object は今ちょうど VLTP 期に ある。 V605 Aql は水素燃焼による VLTP 第1ループを終えたところであろう。 どちらも水素欠乏外層を有している。一方、 FG Sge の場合、水素は豊富で 膨張タイムスケールは 100 年程度である。これは LTP に期待される特徴で ある。


 2.非平衡効果 

 FG Sge のように周囲に PN がある天体では輝線診断で、過去の進化を推定 する試みが進んでいる。その場合、電離状態を評価しなけれなならない。 電離/再結合のタイムスケールは、

 したがって、速い進化を行っている星の周辺では非平衡状態を最初から考慮 して、輝線診断を行わなければならない。過去の研究ではその点の配慮が 不足していたので、結果を慎重に扱う必要がある。


 3.FG Sge 

 惑星状星雲 

 FG Sge は周辺に PN He 1-5 を伴い、 1970 年頃から急速な進化を示し、 現在ボーンアゲイン黄色超巨星にあるもっとも有名な天体である。 サイズと膨張速度からこの天体が AGB を離れたのは 5000 年前頃である。 そして水素燃焼中心星の周りに PN を形成した。

 温度変化 

 この星は 150 年前に発見された1980 年頃までは Teff = 5500 K で安定し ていた。Blocker, Schonberner 1997 はこの星の質量を 0.61±0.04 Mo とした。

 可能な2シナリオ 

 この星の状態に関して以下の二つが考えられる。

(a)ループ一個の LTP を経験している

(b)VLTP の第2ループにある。

その判断には表面組成が役に立つ。 1968 年の Herbig,Boyarchuck は FG Sge が 10,000 K と熱かった時期のスペクトルから He/H = 0.1 を導いた。 明らかに FG Sge は LTP 星である。C/O > 1 のようだ。 s-元素 Sr, Ba, Eu は 1 dex とやや過剰である。late AGB 期に s-プロセスと C 増加があった らしい。
 一方、1990s 早期のスペクトルを解析した Gonzalez et al 1998 によると、 H 数比は 0.9 から 0.1 に落下している。水素の希釈化がその間に進んだらし い。
 モデルの予言 

 Blocker 2001 は LTP ループが最低温度に到達すると、ミクシングが起きる と予言した。この速度は 10-5 で約 500 年間続く。その結果 X = 0.739 から X = 0.05 まで低下する。表面組成はヘリウムが最大で、 その後に XC = 0.38, XO = 0.12 と続く。 FG Sge は進化が進むと [WC] 星となるのであろう。
 モデルはミクシングの間 Teff が 10 K/yr というゆっくりした上昇を示す ことを示している。

 星雲の観測は貧弱 

 FG Sge の PN He 1-5 の観測例は意外にも少ない。 O は 0.3 dex, C は 0.7 dex の超過を示し、He/H = 0.12 で FG Sge が AGB 期に水素豊富であったことを確認している。

 進化のまとめ 

(a) FG Sge は 0.6 Mo の post-AGB 星で、 150 年前に始まった LTP の最中 にある。LTP 開始時には Teff = 100.000 K までの高温だった。

(b) 1990s までに FG Sge の表面は水素欠乏となった。Teff の上昇はまだ 確認されていない。

(c) s−元素の超過は第3ドレッジアップの予想と合う。



 モデルの難点 

 Iben 1984 が既に指摘しているように LTP のミクシングは Teff が最低値に 達した後に起こる。ミクシング過程はゆっくりで、Teff の上昇に伴って進行 する。 FG Sge は既に最低温度に達しているが、水素量低下の速度が速すぎ、 Teff の上昇と足並みをそろえていない。水素の豊富な外層が非常に薄くて、 表面対流層がその下の水素なし層とつなげたという状況しか考え得ない。


 4.V605 Aql 

 観測 

 V605 Aql は PN A58 の中心星である。この星は 1919 に発見されスローノバ に分類された。最終ヘリウムフラッシュは 1917 頃に起き、1919 頃には R CrB とにた水素欠乏スペクトルを示していた。 Clayton et al 2006 の解析に よると、 V605 Aql は Teff = 95,000 K, H はゼロで, 質量比で He:C:O = 54:40:5 である。この星からは強い星風 v = 2500 km/s が 吹き出ている。 L = 104 Lo を仮定すると、dM/dt = 10-7 Mo/yr となる。ボーアゲイン期からの収縮の間この マスロスが続いたと仮定すると 80 yr x 10-7 Mo/yr = 10-5 Mo の水素欠乏物質が放出された。 100 - 200 km/s のノットとして観測されているのはおそらく先行する AGB 期マスロスガスと衝突して減速したこの物質なのであろう。
 進化のまとめ

(a) V605 Aql は数年でボーンアゲイン巨星となり、その後数年間、水素欠乏、 炭素豊富な大気を持つ巨星として留まった。

(b) もっと緩やかな再収縮がその後起きた。現在は高温の [WC] 星である。

(c) V605 Aql は星が WD 冷却過程に入っていた時期に熱パルスを、起こし 現在は再びループの終わりに差し掛かっている。 M = 0.53 - 0.58 Mo と評価されている。 この質量でのボーンアゲインタイムスケールは 5 - 10 yr である。 





図2.Herwig 2001 による VLTP 進化経路。内枠は Sakurai's Object の観測値を様々なモデルと比較。

 5.Sakurai's Object 

 温度と組成の変化 

 Sakurai's Object = V4334 Sgr は 1990 に発見された。その温度低下 は 1996 - 1997 で 1460 K/yr と非常に大きい。温度低下は FG Sge (350 K/yr) より大きいが V605 Aql よりは小さい。1996 - 1997 の間に X = 0.04 から X = 0.004 と変化したのはおそらくミクシングの結果である。 温度低下速度から VLTP である。

 分光結果 

 水素無し、高炭素の大気モデルは不完全で解析結果には不一致が多い。
 モデルフィット 

 Miller- Bertolami らはモデルフィットから、 M = 0.584 Mo とした

  電波 

 SO は炭素豊富なダストシェルに包まれていて可視では見えない。 van Hoof et al 2007 は電波フラックスの増加から Teff = 12000 K とした。もしそうなら、モデルに強い拘束を掛ける。図2に3つのモデル を観測と比較したが、どれもタイムスケール問題を抱える。


 6.まとめ 

 重要な天体だが、以下の問題を抱えている。

(1)ヘリウム線が見えない低温度星での水素量決定

(2)低温で水素欠乏大気での炭素オパシティ
(3)急速に進化する中心星周りの星雲における電離平衡