1.恒星のメタル量ファイバースペクトル観測前章に述べたように、ファイバーを使ったスペクトル観測は、シュミット望遠鏡 の大きな視野と、変動がちな天候という2つの条件を最も有効に利用する手法で ある。ただし、大望遠鏡のクーデ焦点を使うような高分散の観測は難しい。観測 時間H、限界等級M、分解能R、S/N=Kの間には次の関系が成立する。 K*SQRT(R/H)*10^(0.2M)=const. ? (読み出し雑音無視の場合) 木曽シュミット望遠鏡ではV=12(?)、1時間の露出で、分解能3000の スペクトルがS/N=100で得られる。すなわち、比較的明るい多数の天体の 低分散スペクトルを用いた観測が、装置を有効に生かす研究テーマである。 この ような研究の1例が、現在UKシュミットで進行中の「銀河の視線速度サーベイ」 である。近い将来SDSSによる大量の視線速度データが公表されることも考え るひつようがあろう。 |
メタル量観測の目的 恒星の低分散スペクトル観測から得られる情報として、現在最も強く求められて いるものはメタル量である。数十万におよぶ恒星のスペクトル型、固有運動などが 決定されているのに対して、メタル量が求められている星の数は数千個に過ぎない。 銀河系の恒星メタル量に関してはこれまで以下のような問題が研究されてきた。 (A)星の年齢とメタル量の関系 (B)円盤からの高さ(又はVz)とメタル量の関係 (C)中心距離とメタル量の関係 これらの問題について、研究者の間の意見は必ずしも一致していない。今後の研究 の方向としては、より高精度、高分解能のスペクトル観測に基づく精密解析と、 誤差を正しく評価しつつ大量のスペクトル観測を統計的に処理する2つの途が考え られる。 |
メタル観測法 そこで、まずメタル量を求めるいくつかの方法を比較して、ここで提案するファ イバー分光がどのような特徴を持つかを考えてみる。 (i) 高分散スペクトル 高分散スペクトルを用いた解析の利点は、元素毎に存在比を高精度で決定すること にある。反面、明るい星しか観測できず、観測と解析に時間がかかるという欠点は 無視できない。 Cayrel de Strobel et al (1992 AApS 95 723) それまでに得られた高分散スペ クトル解析の結果を集め、恒星の[Fe/H]カタログを作成した。このカタログには1676 星に対する3252測定の結果が載っている。しかしながら、多くのソースからの編集で あるためにデータ精度が非一様でエラー判断困難という難点が指摘されている。多く の観測例があるヒアデスを抜き出すと、Δ[Fe/H]=±0.12 なので、多分、カタログ 全体ではΔ[Fe/H]=±10%程度であろう。B,A,F型星は若い星のみの集合だが、M,K 型星は若い星と古い星の両方を含む。興味深いことに、全体では、Δ[Fe/H]MK ~ Δ [Fe/H]B,A,F ~ 0.5 で、しかも分布の形もそっくりである。年齢―メタル量関係は 認められない。 Edvardsson et al (1993 AAp 275 101) F,G型189星に対するメタル量の一様な測定があげられる。 測定結果の内部エラー は小さく、Δ[Fe/H]~0.05である。やはり、等距離の星に年齢―メタル量関係は認め られない。 Friel and Boesgaad (1992 ApJ 387 170) いくつかの散開星団と運動群 に対しΔ[Fe/H] ~ 0.05精度の測定を行い、年齢―メタル量関係は認められない.が、 中心距離が同じにかかわらずメタル量のばらつきは大きいという結果を得た。 (ii) 低分散スペクトル 低分散スペクトルの精度は高分散スペクトルに劣るが、小口径望遠鏡が利用でき かつ短時間でデータ取得が可能という利点がある。 Friel/Janes (1993 AAp 267, 75) Δ〜4Aの分解能で24星団中の赤色巨星のメタル量の決定を行い、各星団の平均 メタル量を求めた。年齢―メタル量関係に関しては上と同様の結論が得られている。 | Carney et al. (1990 AJ 99, 572) 近傍の矮星の元素組成と運動の関係を調べた。彼らの得たデータは低S/Nの高分光 データであったが、合成テンプレートとクロスコリレーションを取ることにより、 有効的には低分散分光による解析を行った。その結果、ハローとディスクで異なる メタル速度関係があること、ディスク星内には運動とメタル量の相関はないことを 明らかにした。 (iii) 測光 測光観測の測定精度はΔ[Fe/H]〜0.2 dexだが、データ数が圧倒的に多いのが特徴 である。 Tworog (1980) F型星のuvby 測光を行い、メタル量と年齢にはっきりした相関あり という結論を導いた。ある進化段階で見つかる確率へ、進化とメタル量がどう影響す るか?が残された問題である。 Cameron (1985, AAAp 147 47) 散開星団のUBV測光を行ったが、古い星団がほとんど 含まれていないので、年齢メタル関係は不明であった。 Geisler et al (1992 AJ 104, 1892) 9散開星団中の巨星に対してワシントン測光 を行い、[Fe/H] < -1という非常に低メタルのクラスターNGC2324, NGC2660を発見し た。ただし、この結果はCameronやJanes et al と合わず、 Big Dent (Alfaro et al 1991) のためかも知れない。 木曽に向いた観測は低分散分光 このように概観してみると、低分散スペクトルによるメタル量の決定は、適切な 標準天体に準拠すれば、かなり良い精度が期待できることがわかる。したがって、 次の問題はどのような天体を選び、どのようなテーマを設定するかである。 前節で調べたように、われわれの観測装置はV<12程度の明るい星の観測に適し ている。これは、距離D=1kpcに対しては大体Vo=0等に対応する。すなわち、 主系列星に対しては、A型ならば1kpc以内、K型になると100pc以内の星が 対象となる。一方、巨星では数kpcの範囲まで観測可能である。 したがって、研究 対象として主系列星を選ぶ場合は太陽近傍の星のメタル量、巨星の場合銀河系の数 kpcスケールでのメタル量変化を調べることができる。つぎにそれらのテーマを 順次調べていく。 |
2.太陽近傍恒星のメタル量分布これまでの研究Grenbech and Plsen (1976,1977) ブライトスターカタログ中の O−G0星のuvbuβ 測光を行った。 Anderson and Nordstrom (1983) ESO 1.5m望遠鏡のクーデ焦点で同じ くブライトスターカタログ中のB, F4-M星に対し、20 A/mmの分光観測を、 Nordstrom and Anderson (1984) A0 - F4星の観測を行った。 Olson 1983 HDカタログから200pc以内にある近傍F型星(V<8.3, A5-G0) 15,000星を選び、 uvbuβ 測光を行い、それらを年齢、メタル量、距離で分類した。 Edvarson et al (1993 AA 275 101−152) 189F矮星の詳細な解析を行った。かれらは恒星の運動 からRperi, Rapo、さらにそれらから、Rm=(Rperi + Papo)/2 を出し [O/H]との関係を 調べた。その結果、一意に決まる年齢―メタル関係は存在しないという結論を得た。 Rmと年齢が共通な星の間での元素比の分散はほとんどゼロである。 この結果はHの ガスが降ってきたと考えると理解しやすい。彼らは自分達の研究から、 (i) 近傍星のサンプルは現位置でなくRmを使うべし (ii) 高分解スペクトルといえど、解釈には年齢と軌道の知識がいる。 (iii) 円盤メタル量の進化の研究には元素相互の比を知る必要がある。 (iv) 古典的 年齢−メタル−運動 関係の有用性を増すにはより深い理解が 不可欠 という注意をしている。 |
Bahcall 1984 銀極方向の星 を調べると銀河円盤部の密度が分かる。 F型星、K型 巨星の分布から、密度の半分が説明できないとした。円盤銀河では一般に質量の半分が ダークコロナ、半分が円盤。このダーク物質の性質は不明だが、円盤の半分もダーク物 質なら、円盤に広がっていることから、性質の手がかりとなる。 Bahcall 1984 銀極方 向の星を調べ、高度1kpcまで速度分散=20km/sであることを見出した。さらに詳しい研 究にはK型巨星の密度、速度分散、絶対等級を正確に知る必要がある。 このため、 Mt.Stromloでは南銀極400平方度、V<11のK型巨星探査を遂行中である。 太陽近傍の明るい星はUV平面上で2つの群れをつくる。ここにU=銀河反中心方向 速度成分、V=銀河回転方向速度成分である。これは以前、カプタインの星流、現在 はヒアデス、シリウス運動群と呼ばれる。所属(近傍星の過半)する星の年齢はほぼ ヒアデスと同じである。 Eggen (1969) 年齢=5x10^8〜2x10^9年の古い運動群を発見 した。やはり、UV面上の群れでVの広がり << Uの広がりなので、 群のV=一定で星の距離改定に使える。その結果、群のMbol - (R-I) 図 は古いクラスターのHR図となった。各群の星は同じ年齢。古い円盤群。 他にハロー 群があり、反回転している。古い群のW分散=25〜50 km/s > 20 km/s = 古い円盤の フィールド星のW分散である。しかし、運動群の力学はよく分かっていない。 円盤の 運動はいくつかの若い星流で支配されている。 Wilson (Mt.Stromlo) 星のaggregate が dispersion orbit に沿って分解。これらは将来、運動群として現れるのかも知れ ない。 |
3.ディスク星のメタル量メタル量時間変化 ディスク星のメタル量時間変化に関し、Twarog 1980 は年齢メタル関係を見出したが、 Edvardsson 1993, Friel/Janes 1993 は検出できなかったという報告をしている。 少なくとも過去10Gyrはメタル増加はないのではないか? メタル量動径変化 一方、メタル量の銀河中心からの距離による変化は以下のような値が得られている。 d[Fe/H]/dR -0.09±0.02 -0.11±0.02 -0.095±0.034 (dex/Kpc) Friel/Janes 1993 Cameron 1985 Panagia/Tosi 1981 また、円盤種族に属すると考えられる銀河星団については、 Janes/Phelps (1994, AJ 108, 1773)が年齢 > 0. 7Gyr の古い散開星団73星団のリストから、メタル量の 分布を調べた。 それによると、t ~ 12 Gyrの星団にBe 17がみつかり、t ~ 5 Gyrの 中間年齢に19 星団が存在する。空間分布は、古い星団は R~> Ro、高さスケール〜375 pcであるが、若い星団は R>~< Ro で高さスケール〜55 pcと薄い。 古い星団の組成は 典型的な円盤型種族で、中心距離に対するメタル量勾配が確認された。但し、高さ勾配 は認められなかった。また、星団の間に年齢メタル量相関はなかった。 |
古い円盤種族の運動学 古い円盤種族の運動学は銀河系の力学的進化を探る上で重要な問題である。特に、円盤 がバー形成に対し安定かという問題を探るには、個々の星の運動学的データと共にその 星の年齢、質量、メタル量のデータが必要となる。 Toomreの Q=σκ/3.36GΣ > 1 というバー形成に対しての安定性クライテリオン、σ=速度分散の動径成分、κ=エピ サイクリック振動数、Σ=表面密度、を使うには恒星の年齢グループ毎の運動学データ が重要で、そのためには、年齢メタル量関係が存在するかどうかを早急に確定する必要 がある。 Hartkopf/Yoss (1982)は銀極のG/K巨星でメタル量と運動を調べた。それに よると、Z=数百pcまでは全ての星で[Fe/H] > -0.5であり、普通の古い円盤種族で あると考えられる。[Fe/H] > -0.5の星はそれより先5kpc まで分布し、W分散=一定=20 km/sである。これに対し、[Fe/H] < -0.5 の星の分散=45 km/sで、回転は不明である。 この結果をそのまま受け止めると、それぞれを薄い円盤と厚い円盤種族にしたくなる。 |
4.ハロー星のメタル量ハロー星から分かること ハロー星は太陽系の彗星にあたる。その運動とメタル量から、 a: 高速 "運動星群" が存在するか? (Eggen, 1977 ApJ 215, 812) 距離、フィールド星起源、銀河潮汐力 b: LSR ' ハローに対するディスクの回転速度 c: 軌道とメタルの関係 ' 高メタルのハロー星があるか? Gilmore 1984 MN 207, 223. 遠銀点距離とメタル量 Searl and Zinn 1977 ApJ 225, 357. d: Vgalにきれいな上限が見つかれば、脱出速度、銀河外周部の質量の評価。 等の問題を調べることが可能になる。 これまでの研究 B.Carney and D.Latham IAU Colloq. 88, 1985 ローウェル固有運動カタログ+ NLTTの共通部分から、低温度星は解析困難のため除き、800星を対象にUBV (750星) + エシェル1次 (2.2 A/mm) Mg "b" 中心に高分解(10 km/s) 低S/Nのスペクトルを取得し、0.7 km/s 精度 (3000測定/800星)で視線速度を求 めた。さらに、δ=δ(U-B)0.6μm を用いてメタル量の決定 (Carney 1979 ApJ 233, 211) も行い、[Fe/H] > -1.5 では エラー = 0.2dex、[Fe/H] < -1.5 では関係急、誤差大 という結果を得ている。 また、かれらは測光視差(photometric parallax)の研究も 行った。ヒアデスに対し、 Mv=5.67(B-V)+1.11 m-M=3.3 (Carney 1982) を採用して、三角視差のあるハロー8星から、Mv=5.06(B-V)+2.85 という結果を得た。 |
測光視差を決める前に、δでメタルを決める必要があり、 ハロー8星の平均 [Fe/H]=-1.6, δ=0.23を用い、δ>0.23 では上の式をそのまま 適用し、ヒアデスはδ=0.0 なので、0<δ<0.23 では、 Mv=Mv,sd + f ΔMv,max=(1-f) Mv,s + f Mv,hyades、 ここに、ΔMv,max=0.61(B-V)-1.74=MV,Hyades - MV,SubDwarf f=[0.23^2-δ^2]/0.23^2 という式で解析を行った。その結果、 A: 白色矮星 暗くなると白色矮星ばかりになる。V>15.5 では100%白色矮星 B:Θ(LSRの回転速度) HI雲 ' Θ=220 km/s (Gunn,Knapp,Tremain 1979AJ84,1181) |U|,|W|>200km/s, [Fe/H]<-1.3 の108星から、<V>=−222±9 km/s C: 高速度高メタル星 高メタルで|W|>100 km/s (高さ2kpcまで届く) の星グループが存在する。 D: δ―|W|関係 |W|=200km/s まではメタル勾配がある。その先は純粋のハロー種族。 ということがわかった。 Ratnatunga(1983) 遠いハロー巨星の対物プリズムサーベイを 行い、低メタル巨星が非常に遅い回転をしているが、中間メタル巨星 古い円盤なみの 速い回転。 だが、平均高度=5kpcであることを見出した。 |
5.HIPPARCOS天体これまでに述べたとおり、低分散スペクトルを用いた観測テーマ、対象天体は様々で ある。しかし、すべてを通じ、HIPPARCOSの観測との関連を無視していくこと はできない。われわれの装置はHIPPARCOS観測天体のスペクトルをすべて、 上記の分解能で得る性能を備えている。HIPPARCOSは十数万の恒星に対し、 三角視差と固有運動のデータを与えており、われわれのメタル量測定を重ねることで、 その有効性は非常に高まるはずである。その際に考えなくてはならないことは、スペク トル分解能である。特にメタル量決定に関して、元素グループ毎の存在比を求めるのか、 トータルのメタル量にとどめるかを十分に検討する必要がある。 以下には参考までに、最近HIPPARCOSデータを使って、メタル量関連でどの ような研究がなされつつあるかを紹介する。 Gomez et al. HIPPARCOSで距離の分かったG-K星9632個(内、IIIは 6832)中、giantsのメタルのグラフにはCayrelet al 1997AApからの約500星、 からHR図の光度のキャリブレーションを行った。 |
Cayrel et al Alonso et al 1996 AApS 117,227 のメタル量リスト (G,K星475) を用い、HIPPARCOS と重なる星を選んでCayrel et al "Catalogue of [Fe/H] determinations" 1997 AapS, 124, 1から、種族IIの星のHR図を決め直した。 Nissen/Hog/Schuster Schuster and Nissen 1989 AA 222, 69 の測光法でメタル 量を決めた低メタル星に対し、三角視差を用いて表面重力を決めた。 Gratton et al. は99矮星の R=70000、S/N=200スペクトルから、化学組成を定めた。 最後にRoyerは早期型高速度星120星のuvby-β測光からメタル量を求めた。 |
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