純粋なマグネシウムシリケイト (Mg/Si = 0.7 - 2.4) の系列を作り、波長 0.2 - 500 μm の範囲で光学定数を決めた。製作法はゾル・ゲル法であり、 マグネシウムとシリコンの水酸化物を溶液内で沈殿させる化学的手法である。 これらのマグネシウムシリケイトの著しい特徴は、シリケイト網目結合中に Si-OH 結合が非常に少ないことである。その結果、結晶化起動エネルギーが 低下し、こうして結晶化の温度障壁が下がりかつ結晶化時間も短くなる。 我々のゾル・ゲルシリケイトが天文学的に妥当であることは、モデル放射 スペクトルを AGB 星の ISO-SWS スペクトル、地上観測 10 μm スペクトル と比較して確認した。 | AGB スペクトルの典型例として TY Dra = 10, 20 μm バンドが細くその 間の谷が深い、を選んだ。TY Dra から得られたダスト放射率はモデルできれいに再現 され、星のダストグレインは実際純粋な非晶質マグネシウムシリケイトである ことを支持する。AGB 星と 超巨星集団の平均スペクトルも良く合う。ただし、 中間谷間部に強い放射を示す TR Cas のような星では他のダスト成分からの追加 が必要である。それは多分なんらかの酸化物だろう。そのような追加成分の 粗い光学的性質は、 R Cas スペクトルから純粋マグネシウムシリケイト成分を 差し引いたスペクトルから得られる。 |
ゾル・ゲル法 ゾル・ゲル過程とは低温の液相でシリケイトが化学的重合化する 現象である。テトラエトキシシラン(TEOS)=オルトケイ酸テトラエチルや マグネシウムメチレイト Mg(OCH3)2 のような金属 有機化合物が前駆体として働く。それらは水溶性である必要がある。 反応の第1段階は前駆体の加水分解(hydrolysisi) で水酸化物 (hydroxides) Si(OH)4, Mg(OH)2 が形成される。その沈殿物が三次元マグネシウムシリケイト網目構造を 作る。非晶性はX 線回析で確認された。 成形 粉末試料は 200 t/cm2 で加圧して錠剤とした。それをエポキシ レジンに埋め込み、表面を研磨した。 測定 反射率測定を UV から FIR に掛けて行った。1 &mu:m 以下の粒子試料を、 磨り潰した後に無水アルコールに沈殿させる方法で作成し KBr 錠剤として 透過測定に使用した。 |
![]() 表1.反射測定に用いたマグネシウムシリケイトの成分。 |
![]() 図1.様々な MgO/SiO2 比での MgO・SiO2系の 透過率スペクトル。見やすさのため 0.4 づつずらした。 3.1.スペクトルの性質図1にマグネシウムシリケイトの透過スペクトルを示す。非晶質マグネシウム シリケイトは一般に 10 μm と 20 μm に幅広の吸収帯を示す。 Si-O 伸縮振動による吸収位置は純粋の SiO2 における 9 μm から MgSiO3 の 9.7 μm を経て Mg2.4SiO4.4 に至る。一方、MgO 量が 20 μm Si-O 屈曲振動位置に及ぼす影響はバンド 巾が広いので検出困難である。 |
![]() 図2.2種類の試料の反射スペクトルの比較。実線=計算。破線=測定。 3.2.反射スペクトル図2に反射スペクトルを示す。1000 cm-1 と 500 cm-1 に顕著なバンドが存在する。 |
ローレンツ振動子とクラマースクロニッヒ関係 Mg0.7SiO2.7 はローレンツ振動子モデルのみで解析した。 他の試料はそれに加えクラマースクロニヒ関係を用いた。 |
![]() 図3.反射率測定をローレンツ振動子モ デルでフィットして導いた、マグネシウムシリケイトの光学定数。 (n, k) は http://www.astro.uni-jena.de/Laboratory/Database/silicates.html から得られる。 (2022年時点では消えている。) |
![]() 図4.ゾル・ゲル法 Mg2SiO4 と MgSiO3 と 鉄を含むパイロキシンとオリビンガラスの (n, k) の比較。 (NIRのkに差が出てる。) |
![]() 図5.実線=ゾル・ゲル法 Mg2SiO4光学定数と 点線=Mg2SiO4 フィルム(Scott, Duley 1996) の 比較。かなり良い一致が見られる。 ![]() 図6.ゾル・ゲル法 Mg2SiO4光学定数と Mg2SiO4 フィルム(Scott, Duley 1996) の 吸収断面積の比較。実線=球形粒子。点線=楕円率連続分布。見やすさのため ファクターずらした。 |
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![]() 図7.様々な Si-OH 含有量に対する粉体試料の透過スペクトル。 全ての試料は1時間の加熱を行った。結晶化とスペクトル特性の相関 が見える。孤立化した Si-OH 結合による 2.7 μm バンドも見える。 |
![]() 図8.TY Dra SWS/ISO スペクトルとゾル・ゲル法マグネシウムシリケイト スペクトルの比較。 図9.鉄コア+マグネシウムシリケイト外層モデルの吸収係数。 |
![]() 図10.3つの集団に分けた AGB 星の平均スペクトルとゾル・ゲル法シリケイ トを用いたその再現。 |
![]() 図11.R Cas と TY Dra の規格化スペクトル同士の引き算スペクトル。 現れた 13 μm 放射帯はシリケイトでは再現できない。 4.2.窪みオパシティ問題 |
![]() 図12.単位体積当たりの吸収断面積 4.3.遠赤外オパシティ |
ゾル・ゲル法シリケイトの光学定数 純粋の非晶質マグネシウムシリケイトの体系的な研究はこれまで行われて 来なかった。ゾル・ゲル法により様々な Mg/Si 比の非晶質シリケイトを 作成できた。ローレンツ振動子と暗ーマースクロニヒ関係で試料の光学定数 を定めた。 スペクトル変化 Mg 比が増すにつれ, 10 μm ピークは長波長側に、20 μm ピークは短 波長側に移り、間隙は狭まる。予想されたように、鉄分のが入ると近赤外での 大きな差が現れる。その他の診断特性が判った。 結晶化 結晶化には Si-OH 結合の量が大きく影響することがアニーリング実験から 判った。 |
TY Dra 観測との比較 TY Dra スペクトルとの比較から、様々な Mg/Si 比のマグネシウムシリケイトが ほぼ完全にスペクトルを再現することが判った。 R Cas スペクトルの問題 R Cas スペクトルはゾル・ゲルマグネシウムシリケイトでもガラス質 Mg/Fe シリケイトでも再現できない。他の成分の寄与が必要である。 |