平成22 (2010) 年度の談話会の記録



第176回:   5月20日 (木)     山本 哲生 (北大・低温研究所)

「シリケートダストの低温結晶化」

"Low-temperature crystallization of slilicate dust in astrophysical environments"

赤外線天文観測から, 宇宙のシリケートダストの大部分は非晶質 (アモルファス) であることが知られている. しかし最近の観測から, 結晶シリケートダストも種々の天体において存在することが明らかとなった. これまで結晶シリケートはアモルファス・シリケートが高温 (> 1000 K) に熱せられた結果, 結晶化する (アニーリング) と考えられてきた. われわれはアニーリングとは異なる結晶化メカニズム --反応熱による結晶化-- を提唱してきた. 墻内らはこの仮説を実験で検証し, 常温においてもアモルファス・シリケートが結晶化することを示した. 談話会では墻内らの実験を分析し低温結晶化の描像を明らかにするとともに, 宇宙においては, シリケートダストは従来考えられてきたよりもずっと低温で結晶化が可能であることを示す.



第177回:   6月17日 (木)     John Silverman (数物連携宇宙研究機構 IPMU)

"The role of environment on the mass buildup of supermassive black holes"

The immediate environment of galaxies is known to influence their growth through various physical processes. Given the close connection between galaxies and their supermassive black holes, as seen through a number of observed relations (e.g., M-sigma), we expect to find that the environment plays a role in regulating the level of AGN activity. I will present results from an observational study using the zCOSMOS spectroscopic survey and XMM-Newton observations to determine if the environment is responsible for driving the order-of-magnitude decline in star formation and AGN activity from z~1 to the present. Furthermore, I will show preliminary results from a complementary study to look more closely at AGN activity in nearby galaxy groups (z~0.05), an environment thought to be highly conducive to black hole growth given the heightened efficiency for galaxy mergers.



第178回:   7月22日 (木)     吉田 春夫 (国立天文台)

「ハミルトン力学系の可積分性の問題」

"Problem of integrability of Hamiltonian systems"

ケプラー運動のように解が解析的に求まる力学系を可積分系, そうでない 3体問題のような力学系を非可積分系と呼ぶ. 両者には存在する保存量の数, 軌道の安定性等の質的な違いがある. この可積分系と非可積分系の違いから始めて, 与えられた力学系の可積分性を判定する最近の結果までを紹介する. 特に同次式ポテンシャル場における質点の運動を記述する系に焦点を置く.



第179回:   9月16日 (木)     松岡 良樹 (名古屋大学)

「z < 1における大質量銀河ホストハローの性質と進化」

"Halo occupation distribution of massive galaxies since z = 1"

我々は UKIDSS Large Area Survey と独自にスタッキング処理を行った SDSS-II Supernova Surveyの深い測光データを用いて, 大質量 (星質量 Mstar > 1011 Msun) 銀河の z < 1 における形成と進化を探る研究を行っている. 本講演ではその中でも, クラスタリング測定の結果と, halo occupation distribution model と呼ばれるモデル解釈から得られたホストハローの性質と進化について紹介する. これらの解析を通じて, より成熟した (大きな星質量を持つ, あるいは赤い) 大質量銀河ほどより強いクラスタリングを示すことが観測的に確かめられた. このことは, もともと (暗黒) 物質密度の高かった領域では, 星形成と構造形成が同じように早くから開始されたことを示している. またバイアスとホストハロー質量の赤方偏移進化から, 大質量銀河にトレースされる構造が周辺構造に比べて比較的ゆるやかに発展していることなども明らかになった. 推定されるホストハロー質量 (1014 Msun) などからは, 我々のサンプルが銀河団中心に存在する巨大銀河と等価である可能性が示唆されている.



第180回:   9月30日 (木)     柴橋 博資 (東京大学)

「A型特異星の星震学」

"Asteroseismology of rapidly oscillating Ap stars"

A型特異星は, 希土類元素の吸収線が異常に強い等の特異なスペクトルを示す一連の星である. また, ある種のA型特異星は強い大局的磁場を示し, これらは主系列星で大局的強磁場を持つ特異な存在でもある. 特異な大気組成は, 輻射拡散が原因と考えられており, 強磁場の存在もあって静寂な大気中で輻射圧を受けられた元素だけが浮上して, そうでない元素が沈下しているという描像である. A型特異星のHR図上での位置は, セファイド不安定帯と主系列の交差する付近にあり, そのために楯座デルタ星型脈動星とほぼ同じ位置にある. それにも拘らず, A型特異星は, 周期が 2時間程である楯座デルタ星型脈動を示さない. これは脈動を励起するヘリウムが沈下したからだと考えれば, 上記描像に合うものとと目されていた. しかし, ある種のA型特異星に周期が僅か 10分程の極短周期で且つ微弱な脈動が発見されるに至り, 新たな展開となった. この極短周期の脈動を使って星震学的研究がなされるようになったからである. この脈動の検出はこれまでは精密測光観測(と幾つかの低分解能分光観測) で行なわれていたのだが, 最近になって, 高波長分解能, 高時間分解能, 高いS/N比の3条件を満たす分光観測によって, スペクトル線の詳細な線輪郭変動が捉えられるようになった. この意義と, これを使う星震学の新たな展開を議論する.



第 181回:   10月14日 (木)     海老沢 研 (宇宙研)

「ブラックホール天体のX 線エネルギースペクトル中に広がった鉄輝線のように見える構造の解釈について」

"On the interpretation of seemingly broad iron emission lines in the X-ray energy spectra of black hole binaries and Seyfert 1 galaxies"

セイファートI型銀河や銀河系内のブラックホール連星の X 線エネルギースペクトル中に, 一般相対論の効果で重力赤方偏移を受けて低エネルギー側に裾を引いた鉄輝線のように見 える, 特徴的なスペクトル構造が存在する. また, その鉄輝線は連続成分に比べ, はるかに時間変動が少ないという性質がある. 特に強く歪んだ鉄輝線構造を持つセイファートI 型銀河MCG-6-30-15 について, 一般相対論的な輝線モデルフィットから, それが極限まで速く回転しているカーブラックホールの極近傍から発生しているという説 が存在する. それによると, ブラックホール近傍で光が強く曲げられる効果によって, 鉄輝線の非変動が説明される. 一方, MCG-6-30-15をはじめとするセイファートI 型銀河のスペクトル中には, さまざまなイオンの吸収線が存在し, 視線上に複数の電離吸収体が存在することは間違いない. それらの電離吸収体が, 広がった鉄輝線構造に与える影響を考慮する必要がある. われわれは, すざく, RXTE, Chandraのアーカイブデータを用い, MCG-6-30-15のスペクトル変化をさまざまな時間スケールにおいて, 詳細に調べた. その結果, 光学的に厚い部分電離吸収体を導入することによって, 部分掩蔽率(Partial Covering Factor)の変化だけで, 特徴的なスペクトル変化を説明することができた. 観測から見積もった部分吸収体のパラメーターから, それはBroad Line Regionクラウドに対応していると考えられる. 電離吸収体の鉄吸収端が広がった鉄輝線のような構造を説明するので, 私たちのモデルは, 相対論的に歪められた強い鉄輝線は必要としない.



第 182回:   11月18日 (木)     米徳 大輔 (金沢大学)

「ガンマ線バースト宇宙論プロジェクトと将来計画」

"Gamma-Ray Burst Cosmology Project and Future Mission"

ガンマ線バースト (GRB) は初期宇宙で発生する宇宙最大の爆発現象である. 2009年4月23日には赤方偏移 z=8.3 のイベントが検出されたように, GRB は初期宇宙観測に対する非常に高いポテンシャルを持っているようだ. 金沢大, 京都大, 名古屋大のグループは GRB を用いた初期宇宙観測に早くから注目し, 『GRB 宇宙論プロジェクト』を組織して活動を行っている. この談話会では, これまでの成果について紹介する. 我々が発見した GRB のガンマ線スペクトルに見られる Epeak-Luminosity 関係を用いて, 赤方偏移 z >10 での GRB 発生率や宇宙再電離, 重元素合成について考察した. 現在から z=1 に向けて GRB 発生率は上昇し, それより遠方でも同等の発生率であると考えられる. これは z >10 でも非常に活発な大質量星の形成が行われている事を示唆しており, 宇宙の最初期に作られた星(第一世代星?) が宇宙再電離や銀河間空間の重元素量を説明できる可能性が高い. また, 最近の活動では, Epeak-Luminosity関係を距離梯子として利用し, 世界で初めて z >2 の初期宇宙におけるダークエネルギー・ダークマタ―量の測定に成功している. まだデータ数が少なく, 系統誤差も大きいために十分な精度での測定とは言えないが, Ia型超新星や WMAP の観測と矛盾の無い結果が得られている. これらのように GRB を用いた初期宇宙観測の可能性と重要性を議論し, ALMA, TMT, SPICA, JWST のような大型観測装置が活躍する10年後に, GRB 観測がどのように貢献できるかを一緒に考えてみたい.



第 183回:   11月25日 (木)     Charles Steinhardt (数物連携宇宙研究機構 IPMU)

"New Puzzles in Supermassive Black Hole Evolution"

The standard model of cosmology has been remarkably successful in explaining the detailed evolution of galaxies and large-scale structure beginning from primordial density perturbations. Supermassive black holes, however, seem to present a more difficult challenge. The standard cosmological model, as currently understood, cannot explain how supermassive black holes are born, how they grow, and why or how they die. This talk will present a novel approach for analyzing data from quasar surveys that reveals new information about the luminosity and evolution of black holes. Instead of resolving these problems, the results suggest even deeper puzzles that may require new ideas in astrophysics or fundamental physics to resolve.



第 184回:    1月20日 (木)     野沢貴也 (数物連携宇宙研究機構 IPMU)

「星間ダストの起源としての超新星」

"Supernovae as sources of interstellar dust"

近年の観測は, 宇宙初期に大量のダストが存在することを確認しており, ダスト進化史の理解は銀河形成史を考察する上で重要な課題となっている. 本講演では, 星間ダストの供給源の一つとして考えられている超新星爆発時でのダストの形成・放出過程を計算し, 星間空間中に供給されるダストのサイズや量の超新星のタイプによる依存性について報告する. 特に, 爆発時に厚い水素外層を持つ超新星では, 0.01 μm 以上の比較的サイズの大きいダストが 0.1−1 M ほど供給され得るのに対し, 外層を持たない超新星は主要なダストの供給源にはなり得ないことを示す. また, 本計算結果から期待される初期宇宙での観測的示唆について紹介するとともに, 近傍の超新星・超新星残骸の観測から見積もられたダスト形成量に伴う問題点指摘する. 最後に, 一連の本研究結果から描かれる宇宙初期から現在までに及ぶダスト進化史の大筋 についても言及する.



第 185回:   1月27日 (木)     塚越 崇  (天文センター)

「AzTEC/ASTEを用いた近傍Tタウリ型星の1.1mm連続波サーベイ観測」

"Millimeter continuum survey for disk sources in the nearby low mass star forming regions with AzTEC on ASTE"

我々は 2007年から 2008年にかけて, サブミリ波望遠鏡ASTEに搭載された連続波カメラAzTEC (波長 1.1mm) を用いて, 南天の星形成領域であるおおかみ座分子雲およびカメレオン座分子雲におけるTタウリ型星のサーベイ観測を行ってきた. 観測はこれまでにない高感度・広領域サーベイとなっており, カバーした領域はおよそ 16 平方度におよび, また到達感度は 5-15mJy/beam (3σ 質量でおよそ木星質量に相当)であった. 観測の主な目的は, (1)これまで観測の無かった南天でのTタウリ型星のミリ波での検出, (2)サーベイ観測から原始惑星系円盤の進化を系統的に調べる事である. 観測の結果, ミリ波新検出の天体を含めて, 36個の円盤天体 (Tタウリ型星・Herbig AeBe型星) の検出に成功した. これは観測領域に存在する円盤天体のおよそ 10%に相当している. 検出できた天体は主に古典的Tタウリ型星や ClassII天体に属する, 比較的若い天体に付随する円盤であるが, より進化の進んだ ClassIIIや弱輝線Tタウリ型星でも検出することが出来た. 講演ではAzTECによる観測結果のサマリと, 興味深い天体をいくつかピックアップし, 他望遠鏡の観測結果もふまえて紹介する.



第 186回:   2月10日 (木)     川口 俊宏 (筑波大学) 

「活動銀河核ダストトーラスの近赤外線放射モデル」

"Modeling the NIR emission fron AGN Tori"

可視光偏光観測結果などから, 活動銀河中心核(AGN)の中心ブラックホールと降着円盤の周りを, ダストを含むclump群がトーラス状の分布で取り囲んでいると考えられる. NAGNUM望遠鏡などによる近赤外線モニター観測は, トーラス内縁半径が中心核光度の0.5乗に比例する事を明らかにし, ダストのsublimation(昇華) がトーラス最内縁の位置を決めている事を示した. しかし, この半径と光度の比例関係は理論予測値に比べて系統的に約1/3程度 小さく観測され, ずれる原因は謎であった.

講演では, 降着円盤からの放射が非等方である事を考慮すると, 自然に, かつ定量的にこのずれは解決する事を示す. すなわち, 観測者が円盤を観る角度とトーラスから円盤を観る角度の系統的な差が理論と観測結果の謎の不一致を生み出していたと理解できた. 典型的な1型AGNだけでなく, 1.5型AGNなど特定の角度から円盤・トーラスを観測している場合や, トーラスが厚い場合の計算例なども紹介したい. 時間があれば, 円盤の非等方放射とEddington-limitedガス降着の話題のスライドも数頁だけ紹介します.

文献: T. Kawaguchi & M. Mori, ApJL, 2010年12月, 724巻, 183--187頁