度重なる障害にめげずに東京大学-NRO 60cmサブミリ波望遠鏡VST1を
ねばりづよく使うためのガイド
1993/03/02 阪本成一
はじめに
このガイドには,60cm鏡で観測する際によく起こる障害と,その対処法について簡単に手引きしてあります.すべての場合を網羅しているわけではありませんし,説明も舌足らずで不親切ですので,どうしても対処法が分からない場合には,しかるべき人にお尋ねください.なお,障害の発生頻度の目安を*の数で表示してありますので参考にしてください.皆様の幸運をお祈りします.
障害の発見
さて,障害が起こっているかどうかを判断する最も簡単な方法は,実際に素性の分かっている天体を観測することです.観測を開始する際には必ずまず基準天体の観測を行いましょう.また,トータルパワーモニター用チャートレコーダーやAOSバンド特性モニター用オシロスコープを,観測中常時モニターしておくことを強くお勧めします.
- STEP 1.
観測を開始してください.正常に観測を開始しましたか?
- はい. →STEP 2へ
- ハングする.
リセットしてやり直し.
- コンソールにAntの表示が出たところで停止する.
アンテナ駆動モーターの電源が入っていない.
- アンテナが動かない.
メガトルクモーターのトルクが0になっている.
- 最初の追尾が終わったところで積分を行わずに停止し,しばらくするとcalibration errorの旨が表示される.
強度較正用のミラー切り替えが完了していない.
- コンソールに「装置の準備ができていません.<読取り中><装置 k:>」と表示される.
sgrへのNFSマウントに失敗している.
- STEP 2.
基準天体は強度,速度ともに正しく受かっていますか?
- 正常. →頑張って観測しましょう.でも安心しないで!いつまたトラブルがあなたを失意のどん底に叩き落とすかも知れません.
- 受かっていない.
- QLOOKで全く一直線に見える.
積分器が動作していない.
- QLOOKでほとんど一直線に見える.
Rのデータ取得からskyのデータ取得まで時間がかかりすぎた.
- 雑音が異常に大きい.
on点のデータ取得からoff点のデータ取得まで時間がかかりすぎた.
建物もしくは山を観測している.
受信機が暖まっている.
- move1でAz=262.896,El=0.355を入力したときに,CCDモニター画面に窓がうつっていない.
エンコーダーがずれている.
- PLL周波数がずれている.
- 光軸をチョッパーが横切っている.
- 通常よりも弱い.
水蒸気量が多い(雨・雪・曇あるいは温暖).
大気の光学的厚さが大きい.
- 雨・雪もしくはその直後.
鏡面の反射効率が落ちている.
- elが20degを下回っている.
大気の光学的厚さが大きい.
- 時計が合っていない.
- 光軸をチョッパーが横切っている.
- トータルパワーモニターが発振した形跡がある.
PLLのロックが外れている(または,一時外れた).
- 第2 IF系の緑色のLEDが消灯している.
第2 IF系のPLLのロックが外れている.
- 通常よりも強い.
- 観測室のAOSバンド特性モニターの読みが平常時よりも大きい.
第2 IF-AOS系がサチュレートしている.
- 強度較正用の常温黒体が正しく入っていない.
- QLOOKでの速度がずれている.
PLL周波数がずれている.
- 通常よりも線幅が広い.
- 第2 IF系の緑色のLEDが消灯している.
第2 IF系のPLLのロックが外れている.
障害を未然に防ぐために
観測中にも,途中で障害が起きて観測が中断されないように,機器類のモニターを定期的に行いましょう.この作業は,異常なデータが混入するのを未然に防ぐのにも役立ちます.チェックポイントは以下の通りです.
- トータルパワーモニター用チャートレコーダー
- on点とoff点を移動する際に一瞬レベル変動がみられないか.
移動時には一瞬PLLがフリーランになるので,Gunn発振器のバイアスエラー電圧が大きくなると,この変
動が大きくなる.このままだとPLLの周波数がずれる恐れがあるので,バイアス電圧を調整すべきである.
- Rが入ったときのレベルに急激な変動がないか.
受信機システムが安定ならば変動は小さいはずである.Rのレベルが非常に急激に変化するようならば,
受信機の温度上昇を疑ってみる必要がある.
Rのレベルがスキップしている場合,PLLの周波数がずれている可能性が大きい.
- ペン先が小刻みに大きく振動していないか.
PLLが外れるとこのようなレベル変動が現われる.
- R-skyの出力差は十分に大きいか.
天気の悪いときやelの低いときにはRとskyの温度の比が減少する.このようなときには大気の光学的厚さ
が大きいので,その天体をその時点で観測することは止める.
- on点とoff点のレベルが違いすぎないか.
on点とoff点での大気の厚さが大きく違うと,特にベースラインの安定性に影響が出る.
- elが低くなってon点またはoff点の一方だけのレベルが突然高くなった場合,太陽電波観測棟や山を観測
している可能性がある.
- AOSバンド特性モニター用オシロスコープ
- バンド特性は普段と変化ないか.
パワーアンプのゲインやレーザーの出力が低下すると,特性が異常にフラットになる.
- 積分は正しい時間行われているか.
観測室のモニターにバンド特性が表示されるのは,積分が行われているときだけなので,積分器が正常に
動作していないと一瞬しかバンド特性が現われない.このとき空のデータが生成される.
観測を強制終了し,まだ積分を行っている間に次の観測プログラムを入力すると,その後,積分器が異常
動作するので注意が必要である.
典型的な障害とその対処法
- アンテナ系
- (AN01)**
鏡面の反射効率が落ちている.
鏡面についた水滴や雪を拭き取る.鏡面に結露が起こることはあまりない.
雨や重い雪が降っている場合には,効率が時々刻々変化して強度較正に影響するばかりか,望遠鏡の故障
の原因となるので,直ちに観測を終了してカバーを閉めること.
- (AN02)***
エンコーダーがずれている.
move1コマンドで望遠鏡をAz=180,El=0に移動する.
受信機室内でAzモーターの電源を切る.
Azモーターのブレーキを解除する.
ルーフに上り,望遠鏡が精度1゚以内で正しく正面を向くように手動で調整する.
Azモーターの電源を入れる.
- (AN03)**
メガトルクモーターの電源が入っていない.
スライドカバーを開け,OPENEDのLEDが点灯したことを確認する.
凍結が原因で完全に空かないときには,屋根に上って,カバーに付いた氷を剥がす.
メガトルクモーターの電源を入れる.
RESTARTの黄色の表示が点灯しているときには,そのボタンを押しながら電源を入れる.
- (AN04)*
メガトルクモーターのトルクが0になっている.
NKSメガトルクモーターの電源を切る.
Azモータードライバーの入力ポートからケーブルを外し,代わりにハンディーターミナルを接続する.
ハンディーターミナルでTL100と入力する.
Azモータードライバーの入力ポートからハンディーターミナルを外し,ケーブルを接続する.
メガトルクモーターの電源を入れる.
- (AN05)**
Rのデータ取得からskyのデータ取得まで時間がかかりすぎた.
観測を中止し,改めてR-skyから取り直す.
頻繁に起こるようならば,move1でel=0゚とel=85゚の間を何往復かさせて,elモーターを滑らかにする.
- (AN06)*
時計が合っていない.
MS-DOSのtimeコマンドで時計合わせをする.時間は24時間制で入力する.
本システムでは時間基準をPCの内部クロックに求めており,1日に1秒ほど進む.
- 受信機
- (RX01)*
光軸をチョッパーが横切っている.
アンテナ第6鏡と受信機上面の間にあるチョッパーの羽根が光軸を横切らないように(正面から見て真横に
なるように),向きを調整する.
- (RX02)*
受信機が暖まっている.
受信機室左後方にある電源操作盤を開け,コンプレッサーの電源を切る.
ラック最下段にある温度モニターの表示が280Kを超えるまでそのまま放置する.
電源操作盤で真空ポンプの電源を入れ,受信機デュワーの真空バルブを開ける.
圧力モニターの表示が右に振り切れたらコンプレッサーの電源を入れ,真空バルブを閉める.
温度モニターの表示が30Kレンジで10Kになってから観測を再開する.
- (RX03)****
PLL周波数がずれている.
EIP周波数カウンターのresetボタンを押す.
lock freqボタンを押して,その周波数(ロックすべき周波数)を記録する.
resetボタンを押す.この状態でLOはフリーランになっている.
周波数表示がロックすべき周波数にほぼ一致するように,STS Gunn発振器バイアスの電圧を調整する.
バイアスつまみを時計回りに回すと周波数が下がる.
バイアス電圧が5.8Vを越えるようならば,電圧を上げるのをやめ,Gunn発振器のバックショートをゆっ
くり回すことで調整する.
バックショートを時計回りに回すと周波数が上がる.周波数が84GHz付近にジャンプしたら,バック
ショートを一旦逆方向に回して周波数を74GHz付近に戻し,やり直す.
必要に応じて,flockボタンを押して周波数をロックし,STS Gunn発振器バイアスの電圧を微調整して,
エラー電圧のメーターの指針が中央に来るようにする.
バイアスつまみを時計回りに回すと指針が左に寄る.
- (RX04)**
PLLのロックが外れている(または,一時外れた).
対処法は(RX03)と同じ.
- (RX05)*
強度較正用のミラーの切り替えが完了しない.
受信機室の天井付近にあるミラー切り替え回路のREMOTE/LOCALスイッチをREMOTEにする.
ミラー切り替え回路のIC基板ソケット部の接触を確実にとる.
- バックエンド
- (BE01)*
第2 IF系のPLLのロックが外れている.
正面中央の調整用の穴にマイナスドライバーを差し込み,左右に少し回して緑色のLEDが点灯するように
調整する.
- (BE02)*
第2 IF系のPLL周波数がずれている.
正面中央の調整用の穴にマイナスドライバーを差し込み,左右に少しずらしたところで緑色のLEDが点灯
するように調整する.
- (BE03)*
第2 IF-AOS系がサチュレートしている.
バンド特性が平常時と同じになるように回転式のアッテネーターを絞る.
- (BE04)*
AOSのレーザーが点灯していない.
レーザー電源を交換し,点灯するかどうか確認する.点灯した場合には,以下の作業は行ってはならない.
担当者に以下の作業を依頼する.
レーザー管を交換する.
AOSの蓋を開け,光軸を調整する.
周波数較正を行い,AOSパラメターファイルを更新する.
- (BE05)***
積分器が動作していない.
オートニクス積分器の電源を切る.(背面手前側)
オートニクスA/D変換器の電源を切る.(背面手前側)
積分器の電源を入れる.
A/D変換器の電源を入れる.
積分器のERASEトグルスイッチで積分器をクリアーする.
- 計算機
- (CP01)**
sgrへのNFSマウントに失敗している.
全員にログアウトしてもらい,sgrをリブートする.
あるいは,c:ドライブなどPCのハードディスクにデータを書き込む.
- (CP02)***
sgrのハードディスク容量が不足している.
rootにsgrの/varの中のファイルを一時的にどこかに退避してもらい,ハードディスク容量を確保する.
あるいは,c:ドライブなどPCのハードディスクにデータを書き込む.
- その他
- (XX01)****
大気の光学的厚さが大きい.
通常のR-sky法では正しく較正されないので,その天体を今観測するのは諦める.
将来的には,強度較正用のミラーの裏に貼ってある黒体を剥がしてTr=250Kと設定することで,cooled
R-sky法により比較的精度の良い観測ができるようになる予定.
[非常時連絡先]
東京大学理学部天文学教育研究センター 野辺山分室 0267-98-4472
東京大学理学部天文学教育研究センター 0422-34-3737
長谷川 哲夫 (自宅) 0422-33-9457
林 正彦 (自宅) 0422-32-0228
阪本 成一 (自宅) 03-3309-3646
半田 利弘 (自宅) 0422-33-9845